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鯨の味噌カツ(太地料理) Whaling Today November 8 rrss

太地町出身のシェフによるナガスクジラの肉を使った味噌カツ(日本鯨類研究所提供)

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(1)から続く

世界の食料供給が少数の食料輸出国に依存しているという問題に加え、世界の食のモノカルチャー化の進行も、食料安全保障にとっての脅威である。モノカルチャー化は様々な形をとっている。例えば、日本では食の西洋化という表現で表されている状況である。近年では世界のどこへ行っても米国のファーストフード店が有り、家庭での食事にもますます「欧米食」が入ってきており、極端な言い方をあえてすれば、世界中どこへ行っても同じようなものを食べるようになってきている。これには健康の問題を含めて様々な問題が提起されているが、食料安全保障の観点からも大きな問題がある。

すなわち、世界の食のモノカルチャー化が進むということは、人類が食べる食料、食材のモノカルチャー化も進むということである。2006年に、北カリフォルニア世界問題評議会(World Affairs Council of Northern California)の会合において、当時の国際連合食糧農業機関(FAO)事務局長であるジャック・デユウフ(Dr. Jacques Diouf)氏は次のように語っている。

「1万2,000年前に農業が始まって以来、約7,000種の植物が人類によって栽培され、また採取されてきました。今日では、たった15種類の植物と8種類の動物が我々の食料の90%を供給しているのです。
そのような限られた食料カゴの中から食料を得ることは、無謀で危険なことです。」

人類の食料の90%がたった23種類の食材に支えられていることのどこが「無謀で危険」なのか。特に、日本のように食料自給率が37%(カロリーベース、2020年度)と極端に低く、国民の食料の3分の2近くを、一握りの国からの輸入に頼っている国にとって、この恐ろしさはさらに格段に大きい。恐ろしさの正体を見ていきたい。

ウシのげっぷで排出されるメタンは地球温暖化の一因になっている(農研機構提供)

牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy,BSE)の世界的な流行はまだ記憶に新しい。グローバル化が進行していることもあり、1986年に英国で最初に確認されたBSEは、2000年代に入って瞬く間に世界に広がった。日本でも牛肉の輸入禁止措置が導入され、牛肉価格も高騰した。23種類の食材(うち動物は8)の一角がもろくも崩れたのである。鳥インフルエンザも発生すれば野火のように急速に広まる。野生の鳥を介して感染は国境を軽々と超えて広がる。日本では、鳥インフルエンザの感染のために、2023年に入って2ヶ月余りで約1500万羽、日本全体の飼育羽数の約1割のニワトリが殺処分された。卵の供給が不足し、価格も高騰して、コンビニやレストランで卵製品や卵メニューを取りやめるところが出る事態となった。人類が依存している8種類の動物食材の供給は、このようにいとも簡単に切迫する。供給が滞ったり、停止する要因はBSEや鳥インフルエンザの他にも多数ある。

鯨肉を使った太地町のレストランのメニュー(日本鯨類研究所提供)

数少ない穀物輸出余力を有する国での旱魃や洪水、ウクライナ侵攻で発生したような国際紛争などに起因する食料輸出国からの輸出停止はすでに現実に発生しており、さらに、農林水産省が作成した緊急事態食料安全保障指針には、食料供給への海外でのリスク要因として17項目の事態が列挙されている。

この様な状況の中で食料安全保障を確保するにはどうすればいいのか。自国の食料生産を増産することはもちろん望ましいが、もうひとつの鍵は食の多様性の確保である。人類の90%がわずか23種類の食材に頼るのではなく、より多くの様々な食材が利用されることで、BSEや鳥インフルエンザの様な事態が発生しても、その影響がより限定的になる。食の多様性の確保は、食料供給のレジリエンスを高めることにつながる。

世界的に見れば、日本は最も食材が豊富な国の一つである。季節ごと、地方ごとに実に多様な野菜、果物、魚介類が供され、同じ食材でも歴史の流れ、地域、季節の違いによって、様々な形に加工され、料理されて食卓に上がる。

鯨肉を使用した千葉県勝山市の郷土料理(レストラン渚提供)

日本を含めて、世界には鯨を食料として利用してきた国や民族が存在する。同様に、牛、豚、ニワトリなどの主要動物タンパク源以外の動物を、食料の選択肢の中に持ってきた国や民族は多数ある。しかし、近年のグローバル化の進展によって、これらの多様な動物タンパク源の利用が減少し、トップエイトへの依存度が増大してきた。また、環境保護意識の拡大に関連して、鯨を含む野生動物を食料として利用することへの反発意識が存在する。

少数の食材への依存度の増大は、輸入や国内生産の拡大によって満たされてきたわけであろうが、その過程で食の多様性は減少してきた。日本を例にとれば、量としての食は多様性の減少の中でも満たされてきており、見かけ上は食料安全保障が脆弱化してきたことには気がつき難い。しかし、ひとたびトップエイトの供給を危うくするBSEや鳥インフルエンザなどの病気や、食料輸出国側での紛争などによって供給が滞る事態となれば、この脆弱性が一挙に顕在化する。多様な食材が利用される食生活が維持されていれば、その一部が何らかの原因で供給が滞る事態となっても、食料供給全体への影響は分散化され、食料危機も緩和される。これが食の多様性が持つレジリエンスである。

また、トップエイト以外の多様な食材は、多くの場合にはその地域や国で手近に入手できる食材か、その地域や国が自力で確保する手段や能力を持っている食材であろう。

(3)に続く

筆者:森下丈二(農林水産省顧問)

「鯨研通信」第498号(2023年6月)の記事を転載しています

この記事の英文記事を読む(Whaling Today)

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クジラと食料安全保障

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