
中林美恵子氏 (©JAPAN Forward)
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日本は現在、人口減少や労働力不足、地政学的リスク、気候変動といった多岐にわたる課題に直面している。これらのリスクを単に回避すべき脅威と捉えるのではなく、戦略的に管理し、成長の機会へと転換できるかが問われている。
政治学者で、早稲田大学教授の中林美恵子氏は、自身が監修を務めたグローバルビジネス学会の新刊『危機管理の基礎と実践 - リスク管理は最高のキャリア術』(三和書籍)の刊行を機に、JAPAN Forwardの単独インタビューに応じた。

労働力と人的資本の再構成
中林氏は、日本が急速な人口減少の時代に突入していることに警鐘を鳴らす。「高齢者が増え、若年層の労働力が減少する中で、誰が、どのように働くのかを根本から見直す必要がある」と語る。
従来の「女性は家庭に」というモデルから脱却し、女性の労働参加を積極的に促すこと、さらに技能を持つ外国人の高度人材の受け入れ拡大も重要であると指摘する。また、日本企業の年功序列や新卒一括採用の慣行を見直し、能力やスキルに基づく評価制度への転換が必要であると述べた。「入社後は皆平等」という考え方はすでに時代遅れであり、継続的なスキルの向上と柔軟なキャリア形成が求められているという。
激動する米国政治にどう向き合うか
中林氏は、米国の政権交代に伴う通商・安全保障政策の変化も、日本が中短期的に直面する大きなリスクであると位置づける。
「米国は最大の貿易相手国であり、最も重要な安全保障上の同盟国である。日本は抑止力を米国に依存している」としたうえで、中国・ロシア・北朝鮮といった権威主義国家に囲まれる日本にとって、米国の方針転換が深刻な影響をもたらしかねないと警告する。

「これらのリスクを完全に回避することはできない。だからこそ、日本は安全保障や通商関係の多角化を進め、米国が常に主導するとは限らない世界に備える必要がある」と強調する。
食糧安全保障と農業の構造改革
近年の米価の急騰は、食糧安全保障リスクの現実味を浮き彫りにしている。中林氏は、「現在の米不足の背景には、生産を制限する政策に欠陥があるかもしれない」と指摘。
農業従事者の高齢化が進み、平均年齢は70歳に迫る。食料自給率の向上は望ましいものの、実現には多くの障壁があるという。「理想は自給自足が望ましいが、それには農業の管理手法を根本から改革し、たとえば企業による農地の集約・運営を進めなければ、食糧自給率の向上は難しい」と述べた。

地球規模課題の気候変動
気候変動について、中林氏は「5月にもかかわらず、熱中症で入院する人が出ている。今夏はさらに厳しくなるだろう」と警告。すでに人々の生活に具体的な影響を及ぼしており、今後も日本が直面する深刻なリスクの一つだと述べる。
そのうえで、「ワシントンの政治的動向に追随するのではなく、日本は率先して行動すべきだ」と主張した。さらに、「今後、CO2排出量が増える可能性のある途上国と連携し、技術を共有することで、地球規模での状況悪化を防ぐ責任がある」と提言する。

フェイクニュースとデジタルリテラシーの強化
いまやリスクは物理的領域だけにとどまらない。中林氏は、フェイクニュースが政治経済に与える影響の大きさを懸念し、特に、高齢者層における情報リテラシーの脆弱さを課題として挙げる。
「日本では、フィンランドなどの北欧諸国のような偽情報対策の教育が行われていない。特に高齢者は、動画を次々と視聴し、出所や内容の信憑性を確認しないまま鵜呑みにしてしまう傾向がある」と述べる。
そのため、学校教育だけでなく、地域社会や生涯教育の場を活用したメディアリテラシー教育が必要だとし、「人々に情報を疑う力を与えることが、言論の自由を守りつつ、偽情報の拡散を防ぐ鍵である」と指摘する。
リスクと共に生きるための思考改革
現代は、好むと好まざるとに関わらず、リスクが前提となる時代である。こうした環境の中で、日本はどのようにリスクと向き合うべきだろうか。
中林氏は、日本における「ゼロリスク・カルチャー」、すなわち、リスクを極力回避することをよしとする環境があることを指摘しつつ、リスクを前提とした世界では、正しくリスクテイクするようにマインドセットを変革することが求められると指摘する。
「リスクは本質的に悪いものではなく、しばしば成長の機会となり得る。今必要なのは、リスクを排除する方法を考えるのではなく、どのように管理し、時には革新のチャンスに変えるかを考えるマインドセットの転換である」と述べる。
『危機管理の基礎と実践―リスク管理は最強のキャリア術』は三部構成で、第1部ではさまざまな危機の類型を解説し、第2部で具体的なフレームワークや理論を紹介、第3部では、実務家や専門家がリスクへの対峙方法を提案している。
中林氏は「特に経営者、リスクコンサルタント、官民のリーダーからの反響が大きいが、若い世代にも読んでほしい。日本の未来は、彼らがリスクに適応できるかどうかにかかっている」と語った。
リスクを過度に恐れるのも、無視するのも、正しい姿勢とはいえない。リスクを理解し、予測し、創造的に活用する新たな思考法を身につけることが、これからのリスクリテラシーとして重要になる。
「変化は避けられない。日本は複雑で不安定で課題に満ちた現実の世界に向き合い、リスクを回避するのではなく、乗り越える準備をすべきである」と結んだ。
筆者:ダニエル・マニング
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