広島では、VRを使って原爆投下の惨状を追体験できるようになった。被爆者の証言を集めたデータベースづくりも始まり、AIを利用した継承のプロジェクトも進捗中だ。
77Z55Q4PUZPIHGFR3HNZM3MNW4

VRで再現された原爆投下直後の広島市の様子。焦土のなかに焼けた原爆ドームが見える。手前に流れる川からは、爆発の気圧変化で水が巻き上げられている

This post is also available in: English

被爆体験を語り継ぐことは、生存者の高齢化に伴って年々難しさを増している。広島では、仮想現実(VR)を使って原爆投下の惨状を追体験できるようになった。被爆者の証言を集めたデータベースづくりも始まり、人工知能(AI)を利用した継承のプロジェクトも進捗(しんちょく)中だ。しかし、心情も踏まえて当時の現実を完全に再現することには限界もあり、記憶をつなぐ難しさも物語る。

ゴーグルの向こう

VRのゴーグルを装着すると、昭和20年8月6日朝、広島市の目抜き通りに立つことができた。

戦時下でも人通りは多く、喧騒(けんそう)から日常のにぎやかさが感じられた。雲一つない青空、かなたに小さな機影が見えた。

閃光(せんこう)。

目の前が真っ白になった。5秒ほどたつと、視界が開けてくる。見渡す限り焦土が広がり、黒いがれきの積みあがっていた。暗い空。地表から灰色の煙が立ち上り、聞こえるのは、ものが焼けるパチパチという音ばかりだ。

広島県産業奨励館の壁は焼け落ち、特徴的な丸い屋根の骨組みが剝きだしになっている。後の原爆ドームだ。

大やけどを負った人々がうめき声を上げながら、もだえ歩いていた。

そこは地獄だった。

証言を収集

映像を開発したのは、東京の建設会社「フジタ」。広島の戦後復興に携わっており、東京大と連携し、被爆者の証言や当時の写真などを基に、原爆投下直前から戦後復興までを再現した。

全編は、広島市の旅行会社「たびまちゲート広島」の約80分のツアーで視聴できる。同社の担当者は「若い世代が平和を創造するための原動力になってほしい」と語る。

約5分間の短縮版の提供を受けた広島市は、昨年8月から希望する学校や自治体にゴーグルの貸し出しを始め、平和教育に役立てている。

広島では、市の主導でAIを使った記憶継承の試みも始まっている。5人の被爆者にインタビューを行って証言を映像に残していっている。データをAIに管理させ、利用者の質問に対して自動的に適切な証言が再生されるシステムをつくる。近く市内の学校で試験運用が行われるという。

これとは別に、市は市立大と共同で写真や体験記などの資料のデータベース化も進めている。AIによる検索システムを開発し、令和11年度中に運用を開始する予定だ。

「生の声」を

厚生労働省によると、令和6年度末時点で、被爆者健康手帳の交付を受けているのは、全国で9万9130人。元年度末からの5年間で約3万7千人減っている。平均年齢は86・13歳だ。

高齢化によって記憶の継承は風化の危機にさらされる。最新技術の活用で、安定的な継承が期待できるようになる。

ただ、体験を伝えることは簡単ではない。対面で語り部の声に耳を傾ければ、息遣いやその場の空気によって、体験そのものではないにせよ、真に迫ることもできる。

VRやAIでそれを補うことができるのか。市被爆体験継承担当課長の坂本優治さんは「被爆の実相、体験や思いを完全に伝えることは、どんな手段でも難しい」と葛藤する。

開発中のシステムでは、生成AIで不特定の人物をつくり、証言を委ねることもできた。しかし、より「生の声」にこだわり、被爆者のインタビューを集めることにした。坂本さんは「平和への思いを受け止めていきたい」と話した。

筆者:宮崎秀太(産経新聞)

This post is also available in: English

コメントを残す