
目撃情報が相次いでいるツキノワグマ(奈良県提供)
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クマの人身事故が相次いでおり、北海道、岩手、長野では人が亡くなった。今年4月から7月末までクマに襲われた件数は55人(環境省)。年間で過去最多となった2年前と同様の水準という。クマが生息する地域に出かけるときの心得と対処法を北海道立総合研究機構・エネルギー・環境・地質研究所の釣賀一二三(つるが・ひふみ)・シニアアドバイザー兼主査に聞いた。
クマ出没の背景
北海道福島町で7月12日早朝、朝刊を届けにきた50代の新聞配達の男性がヒグマに襲われ死亡した。18日にハンターに駆除されたクマは、4年前の7月、77歳の女性を襲っていたこともDNAで判明した。北海道のヒグマだけではなく、本州のツキノワグマもヒトを襲い、死亡事故も起きている。

――クマがヒトを襲う事故が相次いでいる理由を教えてください。
「 北海道では1960年代、人身・家畜被害を防ぐために春グマ駆除制度があり、ヒグマが追跡しやすい残雪期に積極的にクマの駆除が進められてきた。その結果、クマの分布は縮小し、個体数も大幅に減少。1990年代、生物多様性の保全や自然保護の国際的な潮流もあり同年、制度は廃止された。
今もクマは狩猟対象だが、捕獲時期は春から夏~秋に移り、効率が低下した。オスメスの比率も以前は同程度だったが、制度廃止後は行動範囲が広く農作物被害を出す若いオスが多く捕獲され、個体群への影響が多いメスの捕獲数が減っているため、数自体は増加。2倍ぐらいに増え、人身事故も増えてきた。本州のツキノワグマはヒグマより生息密度が高く、事故がさらに起きやすい。
さらに、ヒトが山に入ってクマを追わなくなったことで、ヒトへの警戒心が薄れている」

捕食体験があるクマはヒトを再び襲う?
最大のクマの事件といわれる1915年に北海道・三毛別(さんけべつ)で起きた「三毛別熊事件」では、2度にわたりクマが民家を襲い7人が死亡、負傷者が3人出た。
――ヒトの味を覚えたクマは再びヒトを襲うと言われています。
「クマは獲物を①引きずって持っていき隠す②すぐには食べない③後から戻ってくるーといった行動をとることがある。出会い頭に偶然遭遇し、若い個体で警戒心が薄かったり、興味本位で近づきヒトが逃げたことで獲物と認識して襲ってしまったケースもある。
福島町の個体は、4年前にもヒトを襲った個体だったことから、ヒトを補食対象と認識していた可能性も、出会いがしらに襲った可能性もあり、断定は難しい」
――クマよけと思ったスズがクマの襲撃を招くことはありますか。
「クマは学習能力が高く、ヒトが持っている食物を食べてヒトと食べ物を結びつける場合がある。山でスズを鳴らしているのにクマが近づいてきたという話もある」
――市街地にクマが出るのは、ヒトを恐れていないからでしょうか?
「ヒトへの警戒心が強い個体であれば近づかない。市街地に出るクマはある程度人慣れしている。従来、ヒトを恐れるがその常識が通用しなくなっている」

クマと出会ったときは背中を見せない?
――クマがいる山に入るときにスズ、ラジオ、クマスプレーなどが効果的といわれています。
「ラジオもスズも鳴りっぱなしだと周囲の音が聞こえにくくなる。山歩きの上級者の方には、ストッパーがついているスズを携帯し、見通しがよければ鳴らさず、カーブなど見通しの悪い所で音を出してくださいと言っている。ホイッスルも有効だ」
――クマに万一出会ったときは?
「クマに気付かれていなければ静かにゆっくり立ち去る。走るのは転ぶ可能性もありお勧めしない。ヒグマの時速は50~60キロ、足にスパイクがついているようなもので逃げきれない。
クマが気付いていれば、目を合わせると威嚇されていると思われるため胸元を見る程度に視線を外して後退する。クマの許容距離は個体によって違うが、20m以内になるとクマスプレーを用意する。寝たフリではなく、身体を丸めて首の後ろに両手を回し、防御姿勢をとる。
それでも近付いてきたら、落ちている石や枝をとり声を上げて威嚇する。ただ、クマが動いていない時は逆効果になる。死亡事例は大抵一人でいるときに起こる。複数いる場合は固まることが重要だ」

――クマ接近の経験はありますか?
「20mぐらいの距離で出会ったことがある。クマスプレーを準備している間にクマが立ち去った。また、訓練したイヌを連れていてイヌがクマを追い払ってくれたこともある」
――イヌは効果的なんですね。
「訓練されたイヌでないと意味がない。イヌの散歩中に襲われるケースはよくある。イヌがクマを興奮させたりする。大事なのは、クマと出会わないようにすることだ」
海外旅行客への注意
――手つかずの自然が残され、クマを日常的に見ることができる北海道・知床国立公園は海外旅行客にも人気のスポットです。このほか日本の山、森林に多くのインバウンドが訪れます。アドバイスはありますか?
「クマの出没状況の情報収集をしてほしい。観光地では多言語で発信していることも多い。クマが出て観光地が閉鎖されていることもある。知床国立公園のクマはヒトから攻撃されないためヒトを見ても逃げないため、写真を撮影しようとエサを与える観光客もいる。そのヒトが無事でもほかのヒトが襲われるきっかけ作りになる。マナーの徹底が必要だ」
筆者:杉浦美香(産経新聞)
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