モノクロ映画に登場するようなクラシックカーに乗って、チェコから大阪・関西万博会場までの約1万4千キロ、計12国を走破する旅を成し遂げた〝おっさん〟たちがいる。
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万博会場に到着したクラシックカー(Robin Behal-Robot Expedice)

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モノクロ映画に登場するようなクラシックカーに乗って、東欧のチェコから大阪・関西万博会場までの約1万4千キロ、計12国を走破する旅を成し遂げた〝おっさん〟たちがいる。50度近い酷暑やぼろぼろの道路、夜間には動物が行き交う場所を約1カ月かけて走りきったのはチェコの企業経営者らでつくる愛好家グループ。「古い男、古い車でも、やる気があれば何でもできる」ことを証明したかったという。

1959年式の「タトラ603」を運転してきたリーダーのジョセフ・ザイチェクさん(53)は一度も他のドライバーと交代しなかった。本業はチェコの腕時計メーカー「ロボット」の経営者。趣味で仲間とクラシックカーの旅を楽しむが、「これほどの長距離はなかった」という。

故障で部品空輸も

1年ほど前に「万博を開催することを知って、クラシックカーでの旅に挑戦したいと思った」が、チェコパビリオンの担当者に相談しても「よく分かってもらえなかった」という。しかし実行が決まり仲間に声をかけた結果、男性16人のチームができた。

クラシックカー7台がサポート車1台とともに6月21日にチェコの首都プラハを出発した際には、パベル大統領が見送るなど華やかな雰囲気だった。しかし道程は案の定過酷だった。

まずは暑さだ。クラシックカーは現在の車ほど気候の変化に強くない。カザフスタンでは46度にも達した。ザイチェクさんの車は暑さのためトルコで故障したが、交換用の部品は現地で調達できない。友人がチェコから直接飛行機で空輸し、ようやく旅を続けられた。

本来は気温が低い夜間の走行が好ましかったが、ライトが弱く、さらに野生動物が飛び出てくることも多いためあきらめた。国境が封鎖されて経路を変更せざるを得ない事態も起きた。

アゼルバイジャンのガソリンスタンドで給油するクラシックカー(Robin Behal-Robot Expedice)

一方で旅は多くの喜びをもたらした。行く先々のガソリンスタンドで給油すると地元の人たちが集まって話しかけてきたり、記念写真を求められたりした。「中国ではスイカを持ってきてくれる人もいた」という。韓国・釜山から大阪へは船で移動したが「日本の島々の美しさに感動した」。

70年万博に「先人」

実はザイチェクさんの旅には「先人」がいた。1970年の大阪万博でも、チェコから大阪まで半年かけてヒッチハイクで旅行した青年4人組がいた。彼らの旅は「さくら遠征」と名付けられ日本中の注目を集めた。ザイチェクさんは出発前、アドバイスをもらうため当時の参加者の一人に会いに行ったが「とても喜んでくれた」という。

車は7月下旬に2日間万博会場で展示され、その後コンテナ船でチェコに戻った。今回の旅路は「通過した国がすべて万博出展国だったことで、特別に便宜を図ってもらえた」運の良さもあったという。

日本人へのメッセージとしてザイチェクさんは「どんな夢でも実現できると伝えたい」と強調した。

筆者:黒川信雄(産経新聞)

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