
紅葉の「奥祖谷二重かずら橋(男橋)」
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2007年11月11日付の産経新聞に掲載した連載「探訪」のアーカイブ記事です。肩書、年齢、名称などは掲載当時のまま。
谷底から心地よい風が吹き上げてきた。足元は揺れ続け、手すりをつかんで必死にバランスを取る。途切れることのない滝の音に混じって時折、深い谷に響く獣の低い鳴き声が聞こえてくる。
四国のほぼ中央、徳島県三好市の「かずら橋」は、国の重要有形民俗文化財に指定され、年間30万人が訪れる観光地として有名。だが、そこからさらに33キロほど奥の祖谷川(いやがわ)上流に、もう2本のかずら橋があることはあまり知られていない。
日本三大秘境にも数えられる祖谷地方。ここは約800年前、戦いに敗れた平家一門がいくつもの山を越えてたどり着いた“隠れ里”と伝えられる。深く切り立つ渓谷沿いに車を進めると、道路は途中で山肌ごと谷底に崩落していた。大きく迂回してようやく「奥祖谷二重かずら橋」にたどり着いた。

長さ42メートルの男橋と20メートルの女橋。2本の吊り橋が絶妙の間隔で並ぶ様子は「夫婦橋(めおとばし)」とも呼ばれている。橋の主材料は標高600メートル以上の山岳地帯に自生する「しらくちかずら」だ。かずらは熱を加えるとどんなに太いものでも柔らかくなり、屈曲自在で強靭(きょうじん)な天然ロープに変身する。平家の落人が追手から逃れるために切り落としやすい橋を架けたとも伝えられるが、定かではない。

この地域は20世紀に入るまでほかの集落との交流がなく、独自の文化風習を保ってきたという。剣山(つるぎさん)を始め険しい山々や深い谷が、外の世界を遠ざけてきたのかもしれない。祖谷13橋といわれ、重要な生活道の役目を果たしてきたかずら橋も、現在は観光橋として3本が残るだけだ。


揺れる足元のすき間から渓流に焦点を移すと、岩の間を流れ落ちる紅葉が踊っているように見える。何百年も変わらないこの風景を先人たちも見てきたに違いない。

(産経新聞)
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