第36回高松宮殿下記念世界文化賞の合同記者会見に臨む(左から)絵画部門のピーター・ドイグ、彫刻部門のマリーナ・アブラモヴィッチ、建築部門のエドゥアルド・ソウト・デ・モウラ、音楽部門のアンドラーシュ・シフ、演劇・映像部門のアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルの各氏=10月21日午後、東京・虎ノ門(矢島康弘撮影)
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世界の優れた芸術家を顕彰する「高松宮殿下記念世界文化賞」(主催・公益財団法人日本美術協会=総裁・常陸宮殿下)の第36回授賞式典が10月22日、常陸宮妃華子殿下をお迎えし、東京・元赤坂の明治記念館で行われた。今回は絵画部門のピーター・ドイグ氏ら5部門5人が受賞。受賞者総数は計185人となった。
式典では日本美術協会の熊坂隆光評議員が「世界文化賞を通じて芸術文化のさらなる振興に努め、世界の平和と繁栄に少しでも貢献してまいりたい」とあいさつ。岸田文雄元首相が「文化芸術の創造に長年尽力され、多大な功績を築かれてきたことに深く敬意を表する」と受賞者をたたえた。続いて華子殿下が受賞者5人に顕彰メダルを授与し、常陸宮殿下のお言葉を代読された。
受賞者を代表し、音楽部門のアンドラーシュ・シフ氏が「科学と芸術こそが人間を他の生物と区別するものです。芸術は、その質や価値を科学のように測ることができませんが、これからも生き続けるでしょう。この栄誉を身の引き締まる思いで賜り、深く感謝申し上げます」と謝辞を述べた。

祝宴では「不安定で不確実な時代だからこそ、人々に癒しと希望をもたらし、異なる価値観をつなぐ架け橋となる文化・芸術が強く求められています」との小池百合子東京都知事の祝辞が代読された。
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受賞者が懇談 創作活動への思い新たに
授賞式典に先立つ21日、合同記者会見が東京・虎ノ門のオークラ東京で行われ、続く個別懇談会に臨んだ5人はそれぞれ受賞の受け止めや今後の創作活動への思いを語った。
ピーター・ドイグさん
絵画部門のピーター・ドイグさんは「アートは時代を映し出し、同時に時代を省察するものだと思う。アーティストはそういう役割を果たしてきた」と、時代の証言者としての芸術の重要性を説いた。後進に対しては「これからの道のりは長いが、決してあきらめるな。アート市場やギャラリー、アートフェアに迷わされてアートを仕事だと考えてはいけないと伝えたい」と助言した。

マリーナ・アブラモヴィッチさん
自身の身体を使い、時には観客も巻き込む「パフォーマンス・アート」の先駆者である彫刻部門のマリーナ・アブラモヴィッチさんは、その神髄について「みんなの思い、情熱そのものが重要」であり「ある意味では灰から蘇り、また灰になるもの」だと詩的に表現した。来年80歳を迎えるが「私はパフォーマンスを死ぬまで続ける」と、生涯現役を貫く決意を示した。

エドゥアルド・ソウト・デ・モウラさん
建築部門のエドゥアルド・ソウト・デ・モウラさんは、谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」を読み「家づくりは光だけでなく影が大切」と気づいたという。「現代の建築は暗いか明るいかで二極化している。彼の本で灰色の大事さが分かった」。かつて訪れたことがある京都市の桂離宮では「同じ満月でも、桂離宮では違うように見える。庭園を含め、日本の建築が自然を作り直している」と感銘を受けたという。

アンドラーシュ・シフさん
現代最高峰のピアニストである音楽部門のアンドラーシュ・シフさんは、混乱する世界情勢の中で音楽が果たすべき役割について「今はひどい時代で、音楽では問題を解決できないかもしれない。だが、コンサート、その余韻の時間によって世の中が多少は良いところになるかもしれない。私は音楽の力を信じている」と力強く語った。

アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルさん
自身のカンパニー「ローザス」を率い、来日公演も多い演劇・映像部門のアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルさんは「日本は私の芸術的経歴で非常に重要」と受賞を喜んだ。ダンスは「最も現代的な芸術形態。抽象化を体現し、人間性を祝福する」とした上で「踊ることは社会的経験であり、知的行為であり、思考でもあると考えています」と述べた。

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ゆかりの人と交流
授賞式典に続き、受賞者らが参加したカクテルレセプションと祝宴が開かれた。受賞した5人はゆかりの人と談笑するなど、交流の輪が広がった。
絵画部門のドイグさんに「おめでとう」と声をかけたのは現代美術作家の杉本博司さん。2人は初対面ながら、ドイグさんが「お会いできて光栄です」とあいさつすると、杉本さんも2009年の同部門受賞者であることを伝え、喜びを分かち合った。ドイグさんは香川・直島の杉本さんのギャラリー見学を計画しており、杉本さんが「楽しんできてください」と応じていた。

彫刻部門のアブラモヴィッチさんと旧交を温めたのは、2018年の同部門受賞者で〝霧のアーティスト〟の中谷芙二子さん。アブラモヴィッチさんとは20年超の交流があり、「長い付き合いになりますね」と語る中谷さんに、アブラモヴィッチさんは「私が行くところに、いつもあなたがいるわ」とほほ笑んだ。

建築部門のソウト・デ・モウラさんは、建築史家の三宅理一さんと歓談。三宅さんはソウト・デ・モウラさんの出身地、ポルトガルのポルトについて「リスボンとは雰囲気も違いますね」と声をかけると、ソウト・デ・モウラさんは「大体の旅行者はリスボンしか行かないんですよ」と残念がった。

ソウト・デ・モウラさんは東日本大震災後の日本を視察した経験があり、1755年のリスボン大地震に触れ「リスボンと日本の東北には関係があります」と語った。
音楽部門のシフさんを笑顔で迎えたのは国内外で活躍する指揮者、大友直人さん。「若い頃からあなたに憧れていました。いつの日か共演を」との申し出に、シフさんが「バルトークのピアノ協奏曲第三番はどうでしょうか」と応じるなど音楽談義に花を咲かせた。シフさんが「混乱する世界情勢の中で音楽が果たすべき役割があるはずですね」と問いかけ、大友さんが「一緒に考えましょう」と答える場面もあった。

演劇・映像部門のドゥ・ケースマイケルさんを祝福したのは作曲家、細川俊夫さん。互いに世界を飛び回っているだけに、ドゥ・ケースマイケルさんが「ありがとう。今は東京?」と細川さんを気遣った。受賞者の輪にシフさん夫妻が加わると、ドゥ・ケースマイケルさんが「私は細川さんのオペラを演出した。素晴らしい体験だった」と紹介する場面もあった。

(産経新聞)
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