陸上自衛隊の松上信一郎さん(右から3人目)ら農業自衛隊のメンバーと地元の伊藤昌弘さん(左から2人目)=11月15日、千葉県多古町(岡田浩明撮影)
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「陸・海・空」に続く「第4の自衛隊」が千葉県多古町を拠点に活動している。その名も「農業自衛隊」。メンバーは現役の陸上自衛官や会社員の5人。退職自衛官の農業への再就職を支援するとともに、担い手不足に悩む農業の課題を解決しようという挑戦だ。
11月15日、成田空港に近い多古町牛尾地区。着陸態勢に入った航空機が数分おきに頭上をかすめる。視線を落とすと、背中に「農衛」と書かれたTシャツを着用した農業自衛隊が初めてとなる来春の田植えに向け、田んぼの手入れに汗を流していた。
農業自衛隊は1月に発足した。陸上自衛隊の松上信一郎さん(50)が代表だが、名刺の肩書は自衛隊的に「司令」。「副司令」を名乗る井上貴史さん(50)は会社員だ。メンバー5人のうち井上さんを除いて県外在住。休日を利用して多古町に足を運ぶ。
親和性に着目
「将来、田舎で暮らしたい」。松上さんはこんな気持ちで昨年、県内で開かれた農業体験プログラムに参加した。だが、深刻な農家の担い手不足に危機感を覚え、安全保障の観点から一つのストーリーが頭に浮かんだ。
「国を敵から守る防衛の安保と、国民の食を守る安保には親和性がある」。国防に貢献した退職自衛官の第2の人生には「食糧安保」が望ましい-という発想だ。「若くて体力もある退職自衛官が活躍できる場が農業にある。チームで就農すれば存分に力が発揮できる」。井上さんらと意気投合し、農業自衛隊発足のきっかけとなった。
防衛省によると、自衛官の退職は50代半ばの「若年定年退職」と、20~30代半ばの「任期制」の2種類。令和5年度は計7600人が退職したが、再就職先別でみると、サービス業が最多。第1次産業は1%ほどにとどまる。一方、農業に従事するにはハードルが高いという。農地を借りるのは難しく、農機具の購入費も高い。そもそも自然を相手とした農業技術もないからだ。

心地よい空気
防衛省と農林水産省は6月、退職自衛官が第1次産業に再就職できるよう、人材確保に関して申し合わせた。ただ、「(両省の)地方関係機関は具体的にどう動いて、何をしていいのか戸惑っている」(松上さん)のが現状のようだ。
立ちはだかる壁を突破するため、就農を一元的にコンサルティングしようとする農業自衛隊の試みは先駆的だが、メンバー全員、農業とは無縁。まずはルーキーとして稲作のノウハウを習得する必要があり、農業研修で知り合った牛尾地区に住む兼業農家、伊藤昌弘さん(60)の農地(約20アール)を借りて指導を仰ぐ。
草刈りの手を休めた松上さんは「土に触れ、うまい空気が心地よい。生産者との距離も近くなり、感謝して食べるようになった」と話す。
グランプリ大会参戦へ
実は、多古町の土壌で育ったコシヒカリのブランド米で知られる「多古米」は千葉県の三大銘柄米の一つ。生産者が自慢の多古米を競う「グランプリ大会」が毎年秋に開かれている。
来年秋、たわわに実った稲穂の光景を「楽しみ」と、今から心待ちにしている松上さんらメンバーに、伊藤さんは背中を押す。「大会入賞を目指して出品しよう」。ルーキーイヤーの新米出品に戸惑いがちな松上さんをよそに、伊藤さんは「指導者が良いから…」と笑みを浮かべ、言葉を継いだ。
「(参戦すれば)新しい風が吹くよ」。うまいコメを作る。目標に向かって絆は着実に深まっている。
筆者:岡田浩明(産経新聞)
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