China 70 Years in Beijing and Hong Kong 009

Beijing displays military might on October 1

 

歴史家のナイル・ファーガソンは、過去のパンデミック(感染症大流行)を振り返って、未知のウイルスが社会の階級間と、民族の間にある既存の緊張を悪化させると指摘する。なるほど習近平中国国家主席は、武漢ウイルスの処理のまずさから拡散を許し、内外の批判にさらされた。そのため「手負いの龍」は、自らの弱みを見せまいと、周囲に対して凶暴さを増してくる。香港を締め付け、台湾海峡や南シナ海、東シナ海で軍事圧力を増し、インドとの国境でも中印両軍がにらみ合った。

 

これを封じられるのは超大国の米国しかない。だが、自由世界を率いる「白頭ワシ」も人種や貧富の格差によって国家が分断され、傷ついた羽をバタつかせている。コロナ危機に疲弊した米国社会が、白人警察官による黒人殺害事件をきっかけに、不満を爆発させたのだ。国難に遭遇した米国の強さは、大統領の下に結集する国民気質にあるはずだが、トランプ大統領の発言が米国を統合より分断に向かわせる。

 

 

西側を束ねられないトランプ氏

 

米国社会の迷走は、国際社会での指導力と求心力の劣化に直結する。中国を巨大なもうけ市場としか見なかった欧州がようやく中国拡張主義の危険性に目覚め、こじれた米欧和解の機会が到来したはずだ。コロナのパンデミックのさなかに、英仏独のハイテク企業が中国から買収攻勢を受けて、怒った欧州の「中国離れ」が加速する。

 

しかし、米国はこの好機を生かせない。トランプ大統領が6月に招集した主要7カ国(G7)首脳会議も、トランプ氏と反りの合わないメルケル独首相がパンデミック禍を口実に参加を辞退し、米国が意図した西側の結束を内外に見せつける計画を台無しにした。トランプ氏が「G7プラス」としてロシア、インド、オーストラリア、韓国の招請を突然表明したことに原因がある。ジョンソン英首相やトルドー加首相も、クリミア半島併合を強行したロシアの首脳会議復帰を拒否した。さすがのトランプ氏も、9月まで「G7プラス」を先延ばしせざるを得なくなった。

 

 

安倍首相に政略的好機

 

対中抑止の最前線にある日本は、今回のコロナ危機で「中国離れ」が顕著な欧州、東南アジアを巻き込む戦略的機会を迎えている。軍事力はないが、知略を巡らして超大国を動かす時だ。かつて日本はアジア太平洋経済協力会議(APEC)を発案し、豪州に提起させて国際協調を形にした。安倍政権もまた、自由で開かれたインド太平洋戦略を考案し、ティラーソン米国務長官(当時)が推進役を買って出た。ハワイを本拠地とする米国のアジア太平洋軍はインド太平洋軍に名称変更までしている。

 

日本はいま、安全保障面ではインド太平洋戦略の核である日米豪印4カ国安保対話(クアッド)をベトナム、インドネシア、台湾などにも拡大し、「クアッド・プラス」を構築できる。経済面でも、環太平洋経済連携協定(TPP)を軸として米欧を説得し、「TPPプラス」として再構築することも可能だ。日本の知略を発揮できるかは安倍政権の力量と柔軟性にかかっている。

 

筆者:湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

 

 

国家基本問題研究所(JINF)「今週の直言」第691回・特別版(2020年6月15日付)を転載しています。

 

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