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陸海空の戦力保有と国の交戦権を否定した憲法9条は、平和憲法の象徴として左派勢力によって神聖化されてきた。しかし、逆にその条項が国民の「命の敵」と化していることについて論考したい。

 

 

国際情勢の激変の中で

 

まもなく施行から74年を迎える日本国憲法は成立以来、一言一句変わっていないという意味で「世界最古の憲法」である。

 

同じ第二次大戦の敗戦国でもドイツは連合国の介入を押しのけ、1949年5月、政治家・法律家で構成する議会評議会で条文を起草し、ドイツ連邦共和国基本法を定めた。その後も六十余回改正し、内外の状況変化に対応してきた。その意味で全く変わらない日本国憲法とは対(つい)を成している。

 

では、なぜ日本国憲法が国民の「命の敵」となってきたのか。

 

戦後76年という歳月は、想像もつかない国際情勢の変化を生んだ。だが直近の10年、特にこの5年の変化は凄(すさ)まじい。理由は中国の「力による現状変更」にある。私はこの激変まで熱心に憲法改正を説いていたわけではなかったことを先に告白しておく。

 

戦後長く続いた米ソ冷戦下で憲法改正の必要性は現在ほど高くはなかった。冷戦の最前線が欧州だったからだ。しかし、1989年にベルリンの壁が崩壊し、共産主義国が次々瓦解(がかい)し、遂(つい)には盟主・ソ連も解体、ロシアとなった。安全保障を米国に丸投げし、その核の傘の下で日本は平和を享受できたのである。だが、やがて国際秩序を破壊する国が登場した。

 

 

中国の侵攻への「対策なし」

 

中華人民共和国である。1949年の建国以降、チベット、ウイグル、南モンゴルを版図(はんと)に収め、香港の人権を踏み潰(つぶ)し、台湾への侵攻意図を隠しもしない国だ。南シナ海では他国の排他的経済水域内の岩礁を埋め立てるなど軍事基地化し、日本には尖閣を自国領土と宣言し、連日、領海侵入を繰り返している。

 

「必要があれば、いつでも武力で我が国の領土(※尖閣のこと)を守る準備はできている」

 

軍幹部が常に発するこの言葉は、いつでも尖閣を奪取するという意志表明にほかならない。つまり東アジアは、どの国も中国の脅威に晒(さら)されているのだ。

 

ポイントは、習近平国家主席が2013年以来広言している「偉大なる中華民族の復興」にある。建国百年の2049年までに世界の覇権奪取を実現することを意味する言葉だ。これは、かつて歴代の王朝が誇った「華夷(かい)秩序」を強く意識している。中華帝国が世界の中心にあり、まわりの蛮族(ばんぞく)は帝国につき従い、朝貢するものだ。中華民族にとっては、これが世界の理想の形なのである。

 

さらにこの言葉には前段がある。「百年の恥辱」への恨みを晴らす、というものだ。偉大なる中華民族の復興は、アヘン戦争以来の百年の恥辱を晴らした上で実行されるのである。大都市に創(つく)られた租界、満洲国の建国、百万を超える大兵力投入による大陸支配。中国が恨みを晴らす主敵が「日本」であることを忘れてはならない。しかし日本には中国の侵攻への対策は何もない。相変わらず米国一国に頼っているだけである。

 

欧州は1949年、NATO(北大西洋条約機構)を創設し、集団的自衛権の抑止力によってソ連に対抗する方策を取った。ソ連が加盟国を攻撃すれば、全体への攻撃とみなして「全体で反撃する」というものだ。この集団安保体制は72年間、ソ連そしてロシアの侵攻から欧州を守っている。

 

 

抑止力で平和守る改正私案

 

2000年以降、NATO入りの成否で明暗を分けた国がある。「バルト三国」と「ウクライナとジョージア」だ。ラトビア、リトアニア、エストニアのバルト三国は、ロシアの介入に苦戦しながらもNATO入りを果たす。一方、ウクライナとジョージアは国内の親ロ勢力が強く、世論構築ができず加盟できなかった。ウクライナはクリミア併合、ジョージアも2州独立という目に遭(あ)ったことは記憶に新しい。政財官マスコミが中国に侵蝕(しんしょく)されている日本と極めて酷似しているだけに恐ろしい。

 

集団的自衛権の抑止力によって平和を守る-米国一国でなく、各国がスクラムを組み、アジア版NATOを創設し、中国の力による現状変更を止めなければならない。だが、日本には集団的自衛権を否定する憲法9条があり、それが叶(かな)わない。憲法が国民の「命の敵」と化した理由がそこにある。集団的自衛権の獲得は急務であり同時に自衛隊の合憲化も不可欠。この2点を踏まえ、私は具体的な憲法9条改正案を提案したい。
憲法9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する。わが国は、国際平和の維持と国民の生命・財産及び領土を守るために自衛隊を保有し、いかなる国の侵略も干渉も許さず、永久に独立を保持する。
家族や子孫の命を守るために私たちは歴史への使命を果たさなければならない。

 

筆者:門田隆将(作家・ジャーナリスト)

 

 

2021年4月30日付産経新聞【正論】を転載しています

 

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