Using Laser beam to aim at pests. National Agriculture and Food Research Organization Picture (2)

Using Laser beam to aim at pests, Image courtesy of National Agriculture and Food Research Organisation (NARO)

空中を目まぐるしく飛び回る農作物の害虫は、駆除がなかなか難しい。だが農業・食品産業技術総合研究機構などの最新研究で、画期的な駆除技術が実用化に1歩近づいた。研究チームは、人工知能(AI)で解析した膨大なデータに基づき、害虫が飛ぶ方向を予測するシステムを確立。これを使い、レーザービームで先回りして害虫を狙い撃ちするという。2025年までに実用化し、将来はドローンやロボットに搭載することで、農薬を脱却した自動的な害虫駆除を目指す。

 

 

世界の食料生産に大打撃

 

地球規模で深刻化が進む人口増加の影響により、2050年には世界の食料需要が、2010年比で1・7倍にふくれ上がると予想されており、食料生産の早期拡大が求められている。

 

ところが、世界の食料生産は地球の温暖化や砂漠化などで、伸び率は逆に鈍化傾向にある。さらに、病害虫の突発的な大発生も障害に。世界では食料総生産の15・6%が害虫の影響で無駄になっているとの報告もあり、食料の安定供給のために効率的な駆除方法の開発が重要性を増してきた。

 

現在、害虫駆除の主流となっているのは、化学農薬と呼ばれるいわゆる殺虫剤だが、課題が多い。開発に多額のコストと時間がかかることから既存のものが使われ続け、新たな製品の開発は減少傾向にある。その結果、使われ続けた農薬に対して耐性を持つ害虫が出現し、効果が薄れてしまう現象が相次いでいる。

 

あまり効かなくなってくると、以前のような効果への期待から過剰な使用を招き、生態系や生物多様性への悪影響も生じかねない。これらを背景に、害虫対策は農薬主体の駆除法から脱却できる、全く新しい画期的な技術の開発が求められるようになってきた。

 

 

アジアの厄介者を退治へ

 

国も、新たな害虫駆除技術の開発は日本の農業にとって重要な課題と位置づけている。そのため、最先端技術の駆使で破壊的イノベーションを起こし、持続的成長が可能な社会の実現を目指す国家プロジェクト「ムーンショット型研究開発」の1つに盛り込んだ。

 

プロジェクトに参加している農研機構などは、「ハスモンヨトウ」という代表的な害虫をレーザー狙撃で退治する技術の開発に取り組んでいる。アジアのほぼ全域に生息する体長約2センチのガの仲間で、農薬への耐性もすぐに獲得してしまう性質を持つ厄介者だ。

 

幼虫がダイズ、キャベツ、トマト、イチゴなど幅広い農作物を食い荒らし、日本でも甚大な被害が生じている。その成虫を、作物に卵を産みつける前に空中で狙撃し無農薬で退治しようという作戦で、10~30メートル先を飛んでいるところにレーザービームを照射し、当たったときに生じる熱で駆除するという。

 

 

AI駆使で害虫の先回り

 

このシステムは、人の目のような2つのレンズを用いて対象物との距離感を把握できるステレオカメラを使うことで、飛んでいるハスモンヨトウの位置を立体的に検知し、素早くレーザービームを照射する仕組みだ。活発に飛び回るのは夜間のため、暗闇でも検知できるよう工夫。だが、研究チームの前にタイムラグという壁が立ちふさがった。

 

害虫の検知からレーザー照射までには、0・03秒程度のわずかな処理時間が必要となる。ハスモンヨトウは秒速約2メートルで不規則に飛び回るため、処理時間の間にビームが標的から数センチ以上外れてしまい、命中させられない。

 

そこでチームは、飛ぶコースをリアルタイムで予測する技術の開発に取り組んだ。最初に、幅2・5メートル、奥行き5メートル、高さ2メートルの暗い空間にハスモンヨトウを8匹放し、飛ぶ軌跡をステレオカメラで毎秒55回シャッターを切るペースで3秒間撮影。これを100回以上繰り返し、暗闇で写りが不鮮明な10万枚を超える画像から、AIを駆使して害虫の位置を抽出し、3次元の飛行パターンを調べた。

 

続いて、得られた飛行パターンを詳細に解析して飛行予測モデルを構築。これを利用しシミュレーション(模擬実験)を行ったところ、ハスモンヨトウが0・03秒後にいる位置を誤差約1・4センチの精度で予測し、その位置に先回りしてレーザービームを照射できることを確認した。

 

 

SF的な手法にワクワク

 

使用するレーザービームは、人の肌に当たっても出力が小さく問題ないが、直視すると悪影響が出る可能性があるため、システムには人を検知すると照射を停止する安全対策を組み込んでいるという。

 

これを利用すれば、農薬のように耐性で効果が下がる心配がなく、環境負荷も少ない安全な害虫駆除の実現につながる。目指す2025年の実用化に向け、着実に前進した格好だ。今後の課題は、照射位置の誤差を減らして精度を向上させることだとしている。

 

広大な農地を昼夜を問わず自在に移動するドローンや車両型ロボットなどに搭載し、人的労力が不要で効率的な害虫駆除を行うことも構想中。乳幼児やペットがいて殺虫剤を使えない家庭で、ハエやカ、ゴキブリの退治に利用できる可能性もありそうだ。

 

チームの杉浦綾・農研機構ユニット長は「まるでSF映画のような害虫駆除技術が実用化に近づき、ワクワクしている。無農薬で害虫被害を軽減し、環境にやさしい農業や持続的社会の実現に貢献していきたい」と語った。

 

筆者:伊藤壽一郎(産経新聞)

 

 

2021年12月25日産経ニュース【びっくりサイエンス】を転載しています

 

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