
張永洙教授 (©吉田賢司)
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韓国憲法裁判所は4月4日、国会による尹錫悦(ユン・ソクニョル)大統領の弾劾訴追案を全会一致で承認した。今回の判決は、12月14日に国会で可決された、12.3非常戒厳令布告をめぐる内乱罪に基づく大統領弾劾訴追に続くもの。この判決により、尹大統領は罷免され、大統領官邸からの退去を求められることになる。後任を決めるため、60日以内に選挙が実施される見通しだ。
判決の争点となったのは何だったのか。なぜ審議にはこれほどの時間を要したのか。そして、この判決が尹大統領の係争中の刑事裁判にどのような影響を及ぼすのか。
判決の背景を探るべく、JAPAN Forwardは高麗大学ロースクールの張永洙(チャン・ヨンス)教授に話を聞いた。張教授は、韓国における憲法学の権威として広く知られている。

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憲法裁判所の判決をどう評価するか?
憲法裁判所の判決については、最良のものだったかどうかに疑問は残るものの、慎重に検討された結果であると評価できる。多くの韓国国民は、現在、国が深刻な危機に直面していると感じている。大統領不在が約4カ月続いたことや政治的混乱の中で、経済的困難や国際関係の緊張といった様々な課題が表面化している。判決はこうした状況を踏まえ、国民の広範な懸念を反映したものであると言える。
審議が長引いた理由は?
尹大統領の憲法裁判は3月25日に結審したものの、判決が出るまでに1カ月以上を要した点は異例である。その背景には、12月3日の戒厳令布告が内乱に該当するか否かについて、裁判官内部で意見が分かれたことが影響していると考えられる。
裁判官の中には、尹氏の行為は内乱に当たらないと考える者もいた。しかし、判決が5対3や6対2に分かれたとしたら、国民的な分裂を和らげる効果はほとんど期待できない。そのため、裁判所は2017年の朴槿恵元大統領の事例と同様、全会一致の判決を出すべく努力したと考えられる。
もし内乱の問題が主要な争点であったならば、全会一致の判決はあり得なかっただろう。そのため、裁判所はその点を脇に追いやり、代わりに12月3日の戒厳令に伴う違憲行為と手続き上の欠陥に焦点を当てることを選んだようだ。

内乱容疑を脇に追いやるとは?
尹大統領の裁判準備期日中、弾劾訴追案から内乱罪が一方的に削除され、その変更を憲法裁判所が承認したかどうかが論争となった。しかし実際には、弾劾訴追団も裁判所も、内乱罪を正式に削除したという明確な根拠はない。それどころか、裁判での議論の大部分は内乱容疑に集中していた。
大統領が罷免されるためには、三つの条件を満たす必要がある。第一に、憲法第65条第1項に規定されているように、問題となる行為が公務執行に関連していること。第二に、その行為が違憲または違法であること。第三に、憲法には明記されていないものの、当該行為が罷免に値するほど重大であることが判例によって確立されている。
判決の核心的な争点は、尹大統領の行為が、大統領職にとどまることを許されないほど重大な違憲行為であったかどうかという点にあった。注目すべきは、この部分に内乱に関する言及が一切なかったことである。結局のところ、裁判官たちは尹大統領の行為が内乱罪に該当するとのコンセンサスには至らなかったのだ。
なぜ内乱罪をめぐって意見が分かれたのか?
12月3日の戒厳令は、韓国の過去の戒厳令とは多くの点で異なっていた。歴史的に見れば、戒厳令とは、何万人もの兵力を動員し、人命の損失や財産の破壊、国家機関の麻痺を引き起こし、時には軍の指導者が政権を掌握することさえあった。しかし、今回はそうした事態には至らなかった。
尹大統領の場合、動員された軍隊はおよそ2千〜3千人にとどまった。戒厳令は宣言からわずか6時間で解除され、大統領は国会の解除命令に従った。死傷者は出ておらず、物的被害も議会の窓ガラスが割れた程度に過ぎなかった。
裁判では、クァク・ジョングン陸軍特殊戦司令官やホン・ジャンウォン前国家情報院第1次長の証言が、内乱の主張を裏付けるものとされた。一方で、それに反論する形で証言したのが、キム・ヒョンテ前707特殊任務団団長やチョ・テヨン国家情報院長といった人物であった。
重要な証言同士が真っ向から食い違う場合、さらなる検証がなされない限り、それらは決定的な証拠とは言えない。本来であれば、裁判中にこうした点についてより徹底的な検証が行われるべきだったが、十分にはなされなかった。その結果として、裁判官の間で意見が分かれたのではないかと思われる。
12.3戒厳令が内乱に値すると思うか?
内乱罪に関する韓国の刑法を見てみよう。有罪と認定されるには、国家の領土を簒奪するか、憲法秩序を乱す国憲紊乱の事実が認められなければならない。第一の要件である領土簒奪については、今回のケースには明らかに該当しない。
第二の要件である国憲紊乱とは、容疑者が武力の行使によって既存の法律や憲法、国家制度を無力化することを目的とし、その過程で暴動を扇動したとされる場合に該当する。内乱罪の成立を主張する側は、尹大統領が国会や選挙管理委員会に軍を派遣したのは、まさにそうした目的があったからだと指摘している。
現時点では、内乱罪を立証するに足る十分な証拠があるとは言いがたい。ただし、今後、国会の無力化を明確に指示した文書などの新たな証言や物的証拠が提出されれば、情勢は大きく変わる可能性がある。
今回の判決が尹氏の刑事裁判に影響を与える可能性は?
可能性は極めて低いと言える。仮に憲法裁が内乱罪を中心に判決を下し、12・3戒厳令を内乱と明確に認定していれば、刑事裁判に対して直接的あるいは間接的な影響を及ぼした可能性もあった。しかし、実際にはその要素は判決から基本的に除外されたため、刑事裁判への影響は限定的と言わざるを得ない。
聞き手:吉田賢司(ジャーナリスト)
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