クマのヒトへの被害が止まらない。北海道・知床でクマと対峙してきた元レンジャーは「クマとの関係を見直す岐路に立っている」と話す。ヒトとクマはどう付き合えばいいのか―。
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北海道の知床国立公園内の路上に現れたヒグマ=2018年6月(北海道羅臼町提供)

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世界自然遺産の北海道・知床で8月14日、羅臼岳(標高1661m)を下山中の男性がクマに襲われ死亡した。今年4月から8月まで計5人の死亡を含む人への被害件数が69件と過去最多だった2023年度と同水準になっている。クマと対峙してきた元レンジャーは「ヒトとクマとの付き合い方の岐路に立っている」と話す。

紙一重で死亡事故を食い止めていた

知床におけるクマの生息密度の高さは世界有数だ。羅臼町、斜里町という2つの自治体にまたがり長さ70km、幅20kmの半島に約500頭のヒグマが生息している。世界自然遺産に指定されており、年間150万人が訪れる。知床の魅力の一つが、自然の中でのヒグマとの出会いだ。しかし、クマとヒトとの距離が問題になっていた。

「知床で長きにわたりクマの死亡事故が起きなかったのは、ヒトが紙一重のところで食い止めていたからだ」

知床国立公園で野生動物の保護・研究をする知床財団でクマやシカ、野生動物の管理・駆除を行ってきた葛西真輔さんは口調を強めた。

2年前のクマの大量出没

2023年、知床で大量のクマがヒトが住むエリアに現れた。問題行動をとるクマは被害を防ぐために「有害捕獲」として駆除される。

「この年は駆除しても駆除してもクマが現れた。朝駆除したと思ったら昼、そして夕方に現れる」

この年、最多の180頭を超えるクマが駆除された。それまで30頭前後だったことからその突出は異常といえる。知床の生息数の約3分の1にあたる数だ。駆除は、財団職員や町から依頼を受けた猟友会のハンターらが行うが、危険と隣合わせだ。ハンターがクマの反撃にあい、けがや命を落とすこともある。

「駆除回数が増えれば、リスクもそれだけ増えることになる」

春グマ駆除制度の時は残雪でクマが追跡しやすかったが、クマの数の減少で制度が廃止された。夏で草が生い茂っている時期の駆除は追跡も難しく、逆に襲われる可能性も高い。

車のブレーキがかからない感覚

葛西さん自身が、クマに襲われたことがある。犬などを使わずに静かに狩りを行う鹿の 「しのび猟」をしていた時のことだ。気づくと10m先の藪にクマがいる。突進してきたクマに右腕をはたかれた。

「怖いというより、車を運転していてブレーキを踏んだのに止まらない。なぜだ、というような感覚です」

倒れて起き上がるとさらにクマが襲いかかった。葛西さんは携帯していたクマスプレーをクマの顔面目掛けて噴射した。すると、クマは180度、踵を返し逃げていき、葛西さんは九死に一生を得た。

「クマの爪はそれほど鋭くないので少量の出血ですんだが、はたく力はものすごく、腕がパンパンにはれあがった」

ヒグマのクマは猛スピードを出して走ってくる車ほどの威力がある。

襲われながら冷静に対応できたのは、これまで100頭単位で駆除に立ち会うなどしてきた葛西さんだからだろう。

クマスプレーを持っていても使い方の訓練をしていないと、いざというときに使えない。葛西さんは最近、山の測量作業時の護衛を頼まれた。依頼者が見せてくれたクマスプレーは安全装置を固定している結束バンドが切られていなかったという。

「バンドを切っていなかったら、まず間に合わない」という。

知床の8月の事故の被害者といた同行者はスプレー(ヒグマ用かどうかは不明)を持っていたが使用できなかった。

登山者がクマに襲撃された北海道・知床の羅臼岳=8月14日

最前線の命の価格

クマの駆除には、猟友会の会員であるハンターが駆り出されることがほとんどだ。この場合、自治体から駆除要員として委嘱を受ける。知床でも連れ去られた被害男性の救助捜索隊として組まれた18人のうちの3人が猟友会員のハンターだった。彼らは警察官より前にたち、命を張る。しかし、その報酬はけっして高いものではない。

「下手すればコンビニアルバイトの時給より低い」と葛西さん。

駆除を担う猟友会の会員の高齢化も進んでいる。地域によって、駆除の体制が組めない所もでてくる。

クマにあった時の対応策についてインタビューした北海道立総合研究機構・エネルギー・環境・地質研究所の敦賀一二三・シニアアドバイザーは「ほぼボランティアベースの猟友会の会員が地域の安全管理を担うというのは異常な事態だ。犯罪は警察、火事は消防といったように公務員、プロが担う。北米のように鳥獣管理の管理官制度も必要ではないか」と指摘していた。

保護から駆除へ

葛西さんは「2年前のような大量出没が全国各地で起き、乗り切れない地域もでてくるのではないか。それが怖い」と指摘する。

2年前の大量出没の理由は、温暖化によりエサのサケやドングリなどのエサが少なかったことなどがあげられる。今年も、エサの減少が予想されている。エサが少なくなると、エサを求めてクマが人里に降りてくる。北海道のヒグマだけではなく、本州のツキノワグマの被害も増えている。

北海道は減りすぎたヒグマの数の回復のために、春グマ駆除制度を廃止して頭数を増やした。駆除から保護へと舵を切ったのだが、再び駆除に舵を切る必要がある、というのが葛西さんの主張だ。

「初期消火が重要。保護から駆除にアクセルを踏む必要がある。ただ、踏みすぎてはいけない」とも語る。

駆除についてはセンセーショナルに扱われがちだ。7月の福島町の新聞配達員を襲ったクマや8月の登山男性を襲った3頭の親子連れのクマ駆除後、北海道庁に抗議の電話やメールが殺到した。福島町の事故後の7月12日~24日で約120件、知床の事故後(8月14日~21日)160件以上、中には2時間以上続く電話もあり、「仕事にならない」ときもあったという。内容は「捕獲して山に帰すべき」から「クマを絶滅させるべき」など賛否両方だった。秋田県知事が昨年、理不尽な抗議の電話に対して自分なら「クマを送るから住所を教えろと言う」と議会で答弁したことが話題になった。

クマと対峙する地域の人たちの選択は尊重すべきだ。高齢化や過疎化で、地域の人口は減り、耕作放棄地が増えた。ある意味、自然がヒトが奪ったものを巻き返しにかかっているといえる。「岐路に立つクマの管理」を真摯に考える必要がある。

筆者:杉浦美香(Japan 2 Earth編集長)

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