
メディアセミナーで挨拶する日本捕鯨協会の谷川尚哉理事長(©JAPAN Forward)
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東京で開催された一般社団法人日本捕鯨協会主催のメディアセミナーで、鯨油や鯨肉が単なる「懐かしの食文化」を超える潜在力を持つとする新たな研究成果が次々と発表された。かつて戦後の学校給食の定番として知られた鯨製品は、今や「海のビタミン」として、病気予防や身体機能の改善、さらには老化抑制の可能性を秘めた食品として注目を集めている。
伝統と現代科学の融合
開会挨拶で日本捕鯨協会の谷川尚哉理事長は、日本の鯨との関わりが縄文時代(紀元前1万4000年~紀元前300年)にさかのぼると指摘、「鯨肉は古来、高タンパクで低カロリーな食材として知られてきた。しかし、今日ご紹介する研究は、そうした伝統的な評価を超えるものだ」と述べた。同氏にとって、科学的な裏付けは単なる文化の再評価にとどまらず、現代の健康課題への解決策を示すものであるという。
注目の成分「バレニン」
今回の発表で特に注目を集めたのが、鯨肉に高濃度で含まれる「バレニン」と呼ばれる成分だ。湘南医療大学の塩田清二教授は、高校生アスリートを対象とした試験結果を紹介した。
1日4カプセルのバレニンを摂取した学生たちは、集中力の向上、疲労耐性の増加、睡眠の質の改善を報告。摂取をやめると効果も消失したことから、直接的な生理作用が示唆されたという。
塩田教授によれば、バレニンは運動時に筋肉から分泌される「マイオカイン」という有益な物質の放出を促進する。これらは「がん予防、糖尿病の制御、認知症予防」に関係するとされ、バレニン摂取と運動の組み合わせは、予防医療における有望な手段となる可能性があるという。
さらに、動物および人間を対象とした実験で、いわゆる「長寿遺伝子」SIRT1の活性化も確認された。
塩田教授は「これは一時的なパフォーマンス向上にとどまらず、長く健康に生きるために貢献している可能性がある」と述べた。
鯨油と代謝の健康
バレニンが注目を集める一方で、鯨油そのものにも大きな期待を寄せられた。一般的な魚油と異なり、鯨油にはDPA(ドコサペンタエン酸)というオメガ3脂肪酸が高濃度で含まれている。塩田教授は「DHAやEPAはよく知られてるが、DPAは肥満や糖尿病の抑制において、さらに大きな可能性を持つかもしれない」と説明する。

高脂肪食を与えたマウスを用いた実験では、鯨油を摂取した群でコレステロール値や中性脂肪の低下、肝臓への脂肪蓄積の減少が確認された。また、脂肪合成に関わる酵素の抑制作用も見られ、メタボリックシンドローム対策としての可能性が示唆された。
さらに予備的な人体試験でも、12週間の鯨油摂取後に中性脂肪の低下傾向が確認されたという。「今後の大規模研究でこの結果が裏付けられれば、鯨油は予防栄養の有力な一助となるだろう」と塩田教授は述べた。
発毛促進に効果
意外な成果として注目を集めたのが、鯨油の「発毛促進効果」だ。男性型脱毛症の治療薬ミノキシジルとの比較実験では、鯨油が同等、あるいはそれ以上の効果を示したという。
マウス実験では毛包がより太く密集し、人での初期臨床試験も始まっている。塩田教授は「代謝改善を目的に研究を始めたが、まったく別の分野にも応用できる可能性が見えてきた」と語った。
予防医療と「海のビタミン」
早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構の規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門長、矢澤一良博士は、今回の研究の意義を「治療から予防への転換」にあると強調した。「私の研究人生は、食を通じた予防医学の実践。医薬品とは異なり、栄養は病気を“遅らせる”ための手段だ」と述べた。
矢澤博士は、バレニンや鯨由来のオメガ3脂肪酸を「海のビタミン」と呼ぶ。厳密な意味でのビタミンとは異なるが、「生命維持に不可欠で、体の多くの機能を支える」という点で共通していると指摘する。これらの栄養素は、加齢だけでなく、若年層にも影響する「フレイル(虚弱)」の予防にも有効だという。「偏った食事や栄養不足は、子どもや若い世代にもフレイルを引き起こす。“海のビタミン”はその対抗手段となる」と矢澤氏は語った。
研究室から食卓へ
議論は、鯨製品をどのように現代の食生活に取り入れるかにも及んだ。かつての学校給食では竜田揚げなどが定番だったが、現代の嗜好に合わせるには、柔らかく食べやすい工夫が求められる。
研究者たちは、ミンチ肉やハンバーグ、さらにはスナックやふりかけ用の粉末など、新しい形態を提案した。すでに「グルテンフリー鯨パン」も開発されており、伝統と革新の融合を象徴する事例として紹介された。
今後の展望

鯨油サプリメントはまだ市販されておらず、今後はより厳密な臨床試験が必要となる。しかし研究者たちは、少子高齢化と生活習慣病の増加という日本の課題に対し、鯨製品が文化遺産としてだけでなく、国民の健康戦略の一部になり得ると期待を寄せている。
矢澤氏は次のように締めくくった。「鯨製品は過去の遺物ではない。予防医療の未来を支える資源なのだ。賢く活用すれば、生活の質を高め、病気を遅らせ、高齢社会の課題を乗り越える助けとなるだろう」
筆者:ダニエル・マニング(JAPAN Forward記者)
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