垂秀夫前駐中国大使が産経新聞のインタビューに応じ、「国会議員よ、中国に行け」と唱えた。日本の各種メディアが「中国が最も恐れる男」と形容する垂氏が外交の要諦について語った。
amb tarumi

立命館大教授の垂秀夫・前駐中国大使=6月27日午後、東京都千代田区(奥原慎平撮影)

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外務省で対中外交一筋の経歴を歩み、6月に回想録「日中外交秘録 垂秀夫駐中国大使の闘い」(文芸春秋)を上梓した立命館大教授の垂秀夫前駐中国大使は、産経新聞のインタビューに応じ、「国会議員よ、中国に行け」と唱える。日本のメディアが「中国が最も恐れる男」と形容する垂氏が外交の要諦について語った。

(上)から続く

町村信孝氏が示した対中外交のあるべき姿

<垂氏は、毅然と日本の主張を伝えた政治家の1人に自民党の町村信孝元官房長官を挙げる。靖国参拝を敢行するなどした小泉純一郎首相(当時)に対し、中国で大規模な反日デモが起きた際、町村氏は2005年4月、中国に乗り込んで、李肇星外交部長(外相に相当)に対し、謝罪と原状回復、再発防止を要求した>

「あまり知られていないが、町村氏は政治家としてのあるべき姿を見せてくれた人だ。李氏は、中国側こそが『被害者だ』と抗弁したが、町村氏は『愛国無罪という動機さえ正しければ、日本に何をしてもよいのか。中国で起きた日本総領事館や日本企業への暴力行為について謝罪を強く要求する』と迫った。中国側に断固たる姿勢を示すことができない政治家が多い中、町村氏は一切ぶれなかった」

<約40年間チャイナスクール(中国語研修組)として活動した垂氏。対中外交の要諦に、尖閣諸島(沖縄県石垣市)を巡る問題への理解度を挙げた>

「そもそも日本の政治家が、まずやるべきことは尖閣問題の歴史と国際法的な立場をしっかりと勉強することだ。何年に何があったか、漠然と知っているだけでは不十分だ。また、日本側の立場だけでなく、中国側の主張を全部把握し、なぜそれがおかしいのか。外交をやる国政の政治家にはこれが一番大事だ」

「尖閣問題を巡って、よく政治家は外務省のチャイナスクールを批判する。だが、政治家こそ歴史的にいい加減な対応してきたのではないか」

尖閣諸島

主権・領土問題は必ず言い返せ

<1972年の日中国交正常化交渉の際、田中角栄首相(当時)は周恩来首相(同)に対し、「尖閣諸島をどう思うか」と切り出し、周恩来首相は「今は話したくない」と答えたという。78年、日中平和友好条約締結交渉のために日本を訪れた鄧小平副首相(同)は記者会見で、尖閣問題について「棚上げ合意ができた」と一方的に発表した>

「(田中角栄氏の対応も)『はっ?』と言う話だ。尖閣問題を田中氏側から持ち出しているのだ。尖閣に領土問題は存在しないというのが日本の立場である。鄧小平氏の発言に対しても、当時の福田赳夫首相も官房長官、外相も『棚上げするような問題は存在しない』となぜ言わなかったのか」

「そもそも尖閣問題で、日本側の主張は国際法的にも歴史的にも強い立場にある。なぜなのか。国会議員こそまずしっかりと勉強するべきだ。どこを取り上げられても説明できるようにしないとだめだ」

<垂氏は外交交渉のあり方についても要諦を説明する>

「主権・領土問題は言われたら必ず言い返さないといけない。(会談や交渉で)中国の指導部は、必ず自分の発言で終わろうとする。それに対して、向こうの発言で終わってしまうのはダメだ。こんな基本姿勢も知らない政治家が多い」

首脳会談を前に握手する石破首相(左)と中国の習近平国家主席=2024年11月15日、ペルー・リマ(代表撮影)

「僕は外交官として歴史に耐えられるかどうか、歴史に恥じない外交をしたかどうかをずっと心掛けてきた。言われっぱなしで終わる外交をしてはいけない。これは政治家にこそ当てはまると思う。主権・領土問題では最後は必ず、自分が発言して終わるようにしなければいけない。(与党の若手議員も)外務や防衛の政務三役に、いつなるか分からない。そのためには学んでおかないといけない」

日本人外交官の背中に弾撃つ日本の政治家

<23年8月に開始した東京電力福島第1原発の海洋放出を巡り、中国側は「核汚染水」と呼び、強く反対した。垂氏が中国大使を務めた当時、課題の一つが中国側の非科学的な批判に対峙することだった>

「一部の政党や個別の政治家の頭には国益という発想がないのかもしれない。当時、僕らが一番つらかったのは、処理水の話で中国政府に対し、『(処理水に含まれる放射性物質)トリチウムは中国の原発の方が多い』などと具体的数字を挙げて反論しても、『日本の国会議員も、一部の学者も汚染水といっているじゃないか』と鬼の首を取ったように言われることだった。後ろから弾を撃たれているみたいで本当に辛かった」

東京電力福島第1原発の敷地に並ぶ処理水のタンク=福島県大熊町

「一部の国会議員は(処理水の放出を巡って)本気で非科学的なことをワーワーやっていたけど、マッチポンプとしか思えなかった。中国と互いに助け合っていた。こういう人は中国を訪問しても単なる中国詣でで、日本のためには何の意義もないと思う。逆効果だ」

全ての中国人を敵に回すのは稚拙

<中国では海外脱出を意味する「潤(ルン)」が流行している。中でも日本を目指す「潤日(ルンリー)」は急増し、中国や香港で失われた自由を求める中国人が東京・神田を中心に日本に集まっているといわれる。垂氏はこの動きを注視すべきだと強調する>

「100年以上も前、孫文らは日本の実業家らが支援して、結果的に辛亥革命が成就した。いま神田などに中国の民主化を求める中国人がいっぱい来ている。中国書店がサロンとなって、いろいろと議論している。日本のエスタブリッシュメントはそれに気が付いていないだけ」

中国などから多くのインバウンドの観光客が訪れる大阪ミナミの道頓堀=1月28日、大阪市中央区(南雲都撮影)

「あまり中国人はダメだ、嫌いだなんてやっていると、せっかくの萌芽を見落としてしまう。米国の大使館の方がよほど関心を持ってこの動きを見ている。将来、彼ら彼女らのうち誰かが中国で『大統領』になるかもしれない。そろそろ日本も長期的な戦略を持ってもいいのではないか」

「もちろん土地転がしや行儀の悪い中国人がたくさんいるのも事実。これらはしっかりと規制し、取り締まればいい。しかし、すべての中国人がそうであるわけではない。中国人14億人全てを、敵に回すのは稚拙であり、戦略性がない」

対中外交は「和して同ぜず」君子となれ!

<対中強硬派で知られる米国のポンペオ国務長官(当時)の補佐官は中国出身者が務めていた>

「ポンペオ長官は中国人と中国共産党を区別すべきだと明確に強調した。仮に日本の外相の横に中国人の補佐官が立っていたら、それだけで『親中だ』と批判されるでしょう。われわれが対峙しなければいけないのは中国共産党であって、中国人そのものではない。相手を間違ってはいけない。中国=中国共産党ではない」

「日本のメディアの責任もある。これまで中国と中国共産党を丁寧に分けてこなかった。例えば、米下院の『Select Committee on Strategic Competition between the United States and the Chinese Communist Party』を『米下院中国特別委員会』と報じているが、直訳すれば『中国共産党との戦略的競争に関する特別委員会』だ。あそこで一番厳しい議論が行われている」

「日本の外交姿勢は基本的に『和を以て貴しとなす』だ。これは中国の論語にもあるが、同じ論語には『君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず』ともある。協調するのは大事だが、簡単に日本人としての主体性を失ってはならない。つまり、日本の国益を失ってはならないということだ。われわれは、君子にならないといけない」

聞き手:奥原慎平(産経新聞)

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