
暴力団事務所から生まれ変わった「ヱビスシネマ。」=兵庫県丹波市(提供写真)
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暴力団対策法に基づく取り締まりの強化や暴力団追放運動の高まりに伴い、各地の組事務所が相次いで閉鎖、移転している。一方、その後の問題として残るのが跡地の活用だ。組事務所は繁華街中心部や角地など好立地のところも多く、本来であれば需要が見込まれるが、売買には独特の難しさがつきまとう。映画館や福祉施設への転用事例もあるが、土地購入後も活用方法が定まらないといったケースもあり、模索が続いている。
発案者は映画監督
兵庫県丹波市の山間にある閑静な住宅地の一角。この場所に令和3年夏、スクリーン一つ、50席の小さな映画館「ヱビスシネマ。」が誕生した。
もともと特定抗争指定暴力団山口組系事務所だった建物を地域のエンタメ拠点に生まれ変わらせたのは、映画監督の近兼拓史さん(63)。
建物は、住民による暴追運動後、平成26年に地元自治会が購入。一時公民館となったが、すでに地域には他の公民館があり、十分に利用されていなかった。
近兼さんは映画の撮影でこの公民館を楽屋として使用。なぜか活用されていない「立派な建物」の来歴を知り、地域の忘年会に参加した際に「映画館にしてみたら」と軽い気持ちで提案したのがきっかけだった。そして「『監督が映画館をつくる』という噂が広がり、やるしかなくなった」。
オープンにこぎつけるまで、住民説明会を重ねた。地域には半世紀にわたり映画館がなかったといい、「みんなが困っていた場所が、みんなが喜ぶ場所に変わるのもおもしろい」と語る。
これまで大きなトラブルは起きておらず、警察官から「こんなにうまく元組事務所を活用できているのは非常に珍しい」と驚かれたこともあるという。
「潜在的価値は高いが…」取引に独特の手順
通常、こんなに首尾よくは運ばない。大阪府東大阪市は令和4年、山口組直系「織田組」の事務所跡地を購入、兵庫県淡路市も同年、神戸山口組の元本部事務所を買い受けたが、いずれも跡地の活用法は決まっていない。
東大阪市の場合はそもそも敷地が狭く、公共施設の設置には適さなかったという。淡路市の方は「一時は、災害時の市職員の待機所にするという案もあったが、建築基準法を満たしていないところがあり、建物は解体せざるを得なかった。今後の活用法を検討しているが、まだ具体的なアイデアはない」(同市の担当者)という。

過去に元組事務所の売買に関わった経験がある不動産業の男性は「元組事務所は相場より安く買い取れることもあり、不動産としての潜在的な価値は高い」と話す。
ただ契約締結までには、一般的な不動産取引にはない手順を踏む必要があったと明かす。暴力団側から事務所売却の意向を聞きつけた男性は、管轄する警察本部に連絡。売買の意向や経緯をまとめた書面、そして、反社会的勢力には転売しないという念書を提出することになった。
また、事務所は暴対法に基づき立ち入りが禁じられていたため、内覧や撤去作業の際も、その都度、警察に許可を求めなければならない手間があった。「警察との連携などノウハウが必要なところもあった」という。
暴力団事務所跡は、たとえ活用できなくても、閉鎖や買い取りによって反社会的勢力による使用を防ぐこと自体に意義があるといえる。だが、いい物件が空き地として残り続けるのは社会経済上は好ましくない。
近兼さんは「地元だけでは、いろいろな関係性が絡み合うこともある。解決が難しい場合は外部の手を招き入れるのも一つの方法かもしれない」と話している。
(産経新聞)
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