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2005年2月13日付産経新聞に掲載された連載「探訪」のアーカイブ記事です。肩書、年齢、名称などは掲載当時のまま。
1メートル近い積雪と吐息も凍るほどの寒風。体感温度は氷点下20度を超える。まるで大雪原のように広がる氷結した湖面に、しっかりと脚を下ろすかのように架かる古びたアーチ橋が朝日に映える。あたかも古代ローマの水道橋を思わせる奇景に思わず寒さも忘れた。
北海道のほぼ中央に位置する上士幌(かみしほろ)町。かつての十勝北部の森林開発や農産物輸送に貢献した旧・国鉄士幌線(帯広-十勝三股駅)跡に大小合わせて60ものアーチ橋が残る同町で、ひと際その存在感を誇示しているのが、糠平湖(周囲32キロ)に架かるタウシュベツ川橋梁だ。
士幌線開業に併せて昭和12年に建造された橋梁は、コンクリート製のアーチ橋(長さ130メートル、高さ10メートル)で、昭和30年に糠平ダム完成に伴い廃線になったことから“現役”を退き、すでに50年に。しかし、その姿が脚光を浴び始めたのは、皮肉にも使命を終えてからだった。
この橋梁は、雪解け水でダムの水位が増す6月ごろから徐々に湖面に沈み始め、10月ごろには湖底に沈む。そして、湖水が凍結して水位が下がる12月末から2月にかけて、再び湖面に姿を現す。地元では「幻の橋」と呼ばれるようになり、多くの人を引き付けている。
地元のNPO(民間非営利団体)「ひがし大雪アーチ橋友の会」事務局長、角田久和さん(52)が「人の手が入り景観が損なわれる例は多々あるが、ダムの完成で湖面に映る橋や冬場にだけ姿を見せる橋を楽しめるようになり、むしろ魅力は増した」と話すように、開発によって逆に魅力と神秘性を増した全国的にも珍しい事例だ、という。
さらに、一連のアーチ橋群が大雪山国立公園内にあることを考慮して、設計段階から周辺の環境や景観に配慮、自然美に調和したアーチ構造を採用したことが高く評価されたうえ、「友の会」など地元の保存運動も実を結び、平成13年には、道民参加で選ぶ次世代に引き継ぎたい「北海道遺産」に選定された。
しかし、同橋梁を取り巻く自然環境は厳しい。「凍った湖を渡り、橋を間近に見られるのは2月いっぱい」と話すのは、地元で自然ガイドを務める小澤克彦さん(32)。実際、水位の変化や風雪でコンクリートの劣化が進み、石か粘土のような質感を見せ、2年前の十勝沖地震では橋の一部崩落も。
だが、「森林開拓という負の歴史を背負って現在にいたるこの橋は、将来の景観や環境問題を考え、意識をつなげる橋になるのでは」と小澤さんが話すように、まさに雄大な自然を残しつつ有効に開拓するようにーとの教えを後世に伝える“架け橋”に思えた。
(産経新聞)
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