英国バー「倫敦屋酒場」店主の戸田宏明氏(JAPAN Forward)
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歴史と文化が色づく街、古都・金沢。その中心・片町に、本場イギリスの人々をも驚かせる英国バーがある。その名は「倫敦屋酒場」。珠玉のカクテルやウィスキーを片手に、金沢で静かに紡がれてきた“紳士道”に思いを馳せる時間が待っている。
英国の息吹
重厚な木の香り、深みのある照明、そしてクラシックな英国様式の外観と内装。その空間美は、まさに「圧巻」のひとことだ。店主・戸田宏明(とだ・ひろあき)氏の並々ならぬこだわりが、隅々に息づいている。
1960年代、まだ海外渡航が容易でなかった時代に、戸田氏は英国の建築士に設計を依頼し、資材も現地から輸入して店を完成させたという。

その威風堂々たる雰囲気に、“ハードルの高さ”を感じるかもしれない。だが、それは杞憂に過ぎない。店には金沢の学生から壮年の紳士淑女、そして旅で訪れた外国人観光客まで、世代も国籍も異なる人々が自然と集う。
バーカウンター越しにシェイカーを振る戸田氏は、60年の歳月をかけて、無数の人生を見つめ続けてきた。その眼差しは鋭くも、どこか温かい。話しかければ、気さくに応じてくれる。

「今日無事」
この店には、多くの文化人が魅了されてきた。カウンターに掲げられた「今日無事」の文字は、この店を愛した直木賞作家・山口瞳氏によるものだ。
仕事に打ち込み、人生の荒波を越えてきた男が、夜の静けさの中でウィスキーを傾けながら、「今日無事」とつぶやく。控えめで誇り高い、紳士の後ろ姿が浮かぶようだ。

バーとは、共に作る時間
マスターに「粋な飲み方」とは何かを尋ねると、少し考えてからこう答えてくれた。
「やっぱり人様と合わせてないといけないと思います。例えば、お寿司屋さんでシャンパン飲んだりワイン飲んだりするのは、自分はやりたくないね」
粋とは、相手を思いやる心。倫敦屋酒場の空気もまた、マスターと客との粋なコミュニケーションによって育まれてきた。
「やっぱりバーとかいうのは、3年、4年でできるものじゃないと思うんですよ。だから必ず、この雰囲気はみんなで作ってるはず。歳月が我々だけじゃなくて、ずっとの人たち(お客さん)の笑顔が作って、 笑顔がこうやって、こういう時に生まれるように、その蓄積があるんですよ」
店主と客、その両者が紡ぐ調和の時間。この精神こそ、倫敦屋酒場ならではの英国紳士道の形なのかもしれない。

次代へ受け継がれる紳士の流儀
いま、そのバトンは次の世代へと渡されている。戸田氏の息子も、同じカウンターに立ち、静かにシェイカーを振る。父より控えめな佇まいだが、その所作の端々に紳士の品格が滲む。おすすめはジントニックだという。

倫敦屋酒場の歴史は、客とマスターの対話の中で紡がれてきた。その一部になりたいと思う人は、ぜひ金沢・片町の扉を開けてほしい。
(JAPAN Forward)
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倫敦屋酒場
〒920-0981 石川県金沢市片町1丁目12−8
Instagram: @rondonya_photobook
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