1945年、日本統治下の南樺太で旧ソ連軍の侵攻を受け、郵便局で女性電話交換手9人が集団自決で命を絶ってから80年となり、北海道稚内市で追悼の平和祈念祭が開かれた。
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1945年8月に南樺太・真岡郵便局で旧ソ連軍の侵攻を受けて集団自決した電話交換手の女性9人を追悼する平和祈念祭=8月20日午前、北海道稚内市

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1945年8月、日本統治下の南樺太(現ロシア極東サハリン南部)で旧ソ連軍の侵攻を受け、真岡(ホルムスク)の郵便局で女性電話交換手9人が集団自決で命を絶ってから80年となった8月20日、北海道稚内市で追悼の平和祈念祭が開かれた。南樺太の元居住者ら約240人が参列し、現地での犠牲者らをしのんで花を手向けた。

80年前の8月20日、17~24歳だった交換手9人はソ連軍の攻撃が迫る中、服毒自殺した。最後に他の郵便局へ「皆さんこれが最後です。さようなら、さようなら」と交信したとされ、稚内市では63年に慰霊碑が建立されて以降、毎年命日に追悼式典を開いている。

追悼の平和祈念祭で献花し、手を合わせる参列者=8月20日午前、北海道稚内市

幼少期に南樺太に住んでいた稚内市の濱谷悦子さん(85)は「式に来るたびに引き揚げてきたときのことを思い出す」と涙ぐんだ。先月、兄が亡くなったといい「当時を経験した人はだんだん減っている。少しでも知っている人が無残さやむなしさを伝えていかないとまた戦争が起きる気がする」と話した。

平和祈念祭に参加後、南樺太からの引き揚げ当時のことを話す濱谷悦子さん=8月20日午前、北海道稚内市

(産経新聞)

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