トランプ米大統領が早くも関税を武器にしたディール(取引)外交を活発化している。日本などの繁栄を支える自由貿易体制への影響が心配だ。
Donald Trump Shigeru Ishiba

(左から)トランプ米大統領、石破茂首相

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日本などの繁栄を支える自由貿易体制への影響が心配だ。

トランプ米大統領が早くも関税を武器にしたディール(取引)外交を活発化している。

トランプ政権は、米軍機による不法移民の送還の受け入れを拒んだ南米コロンビアに25%の緊急関税を課すと迫った。後に同国が受け入れに同意したことで発動は見送られた。

米国内に居住する不法移民の史上最大規模の強制送還は、米国第一主義を掲げたトランプ氏の公約の最優先事項のひとつだ。関税を圧力に用いて相手国から譲歩を引き出した初めてのケースといえる。

「強い米国」に逆行する

コロンビアは中国の影響力が増す南米における親米国のひとつである。コロンビア政府は、尊厳をもって送還対象者を扱わない限り、受け入れを拒否すると表明した。怒ったトランプ氏は緊急関税をさらに50%まで引き上げ、同国の当局者への査証を取り消すとまで迫った。

トランプ氏はメキシコとカナダに25%の関税、中国には10%の追加関税を2月1日に発動する意向も示している。

不法移民に紛れた犯罪者や、中国が原料を製造する麻薬性鎮痛剤フェンタニルがメキシコやカナダ経由で違法に流入しており、3カ国による対策が不十分であることが追加関税の理由とされる。

米ホワイトハウスの執務室で話すトランプ大統領=1月30日(AP=共同)

専制国家の中国やロシアの行動を改めさせる上で、関税が有効な場合もある。

ただし、国際ルールを順守している国々に対し乱用することは避けるべきだ。コロンビアで味をしめたトランプ氏が、米国第一に沿わない同盟国や同志国にも関税圧力をかけてくる恐れがある。

トランプ氏は「関税を支払うのをやめたいなら、米国に工場を建てないといけない」と語り、半導体や鉄鋼に関税を課すとも語った。全世界からの輸入品にかける一律関税を指すのかは不明だが、多くの国が「脅し」と身構えるのは当然だ。

トランプ氏は1月20日の就任当日に大統領令を発表し、他国による貿易不均衡や不公正な通商慣行、為替操作の調査を商務省などに命じ、4月1日までに是正策を報告するよう求めた。国ごとに関税発動に踏み切る構えなのだろう。

トランプ氏は大統領令で、「米国第一の貿易政策」の目的を「米国の産業・技術の優位性を強め、米国の経済・国家安全保障を守る」と定義した。米国は世界各地に軍を配置し、中国と大国間競争に入っている。巨額の財政赤字に悩み、没落した労働者層の雇用拡大も課題となっている。

だが、トランプ氏が振りかざす関税政策は「強い米国」を再建する究極の目的に逆行するのではないか。

日米豪印4カ国の協力枠組み「クアッド」外相会合に出席する岩屋外相(左端)=1月21日、米ワシントン(代表撮影・共同)

同盟網への亀裂回避を

関税は米国の輸入業者や消費者に価格転嫁され、インフレを助長する。自動車など隣国からの部品や原料輸入に依存する国内産業には不安が広がる。トランプ氏が選挙中に唱えたように中国に60%、それ以外の国に20%の関税をかければ、米国の国内総生産(GDP)は2・7%減少し、世界のGDPは0・8%減るとの試算もある。

欧州諸国、日本や韓国から防衛負担の増加を引き出す外交手段に関税を使えば、同盟網に亀裂が走ろう。

これでは、法の支配や民主主義の価値を共有する国同士の報復合戦に発展し、自由貿易体制そのものが動揺しかねない。自らに都合の良い「秩序」確立を急ぐ中露やイランなど専制国家を利することにならないか。

理不尽な関税発動を日本は黙って見過ごすわけにはいかない。トランプ氏は首脳間の意思疎通を重視する。粘り強い説得で自制を促し、妥協点を見いださなければならない。

石破茂首相の訪米が2月7日で最終調整されている。石破氏はトランプ氏に対し、関税引き上げの乱用を戒めてもらいたい。日本製鉄による米鉄鋼大手USスチール買収計画の利も説明すべきだ。バイデン前大統領による買収阻止命令は、一方的な関税発動と同様、保護主義的な行動だったからだ。

想起すべきは、第1次トランプ政権下の2018年、当時の安倍晋三首相が国連総会で行った演説である。自由で開かれた国際経済体制の「申し子」として、自由貿易の強化こそ日本の使命と訴えた。その責務は今でも、重いといえる。

2025年2月1日付産経新聞【主張】を転載しています

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