
呉竹が展開するコスメや書道製品。女性社員が多いのも同社の特徴=奈良市南京終町の呉竹本社
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培った伝統技術をコスメやアートの世界で生かし、存在感を増している老舗の会社がある。奈良の伝統産業、墨づくりを原点とする書道用品の「呉竹」(奈良市)。長年培った墨滴(ぼくてき)(墨汁)や筆ペンの技術を投入して目元をメークアップする化粧用筆ペンのアイライナー、水彩画に適した固形絵の具「顔彩(がんさい)」、マーカーなど独自商品を市場に送り込み、好評を得ている。
コスメに筆ペン
極細なラインで目をパッチリ見せたり、目の輪郭をはっきりさせて〝目力〟をアップさせたりと、引き方次第で目元の印象を大きく変化させるアイライナー。呉竹が令和4年に発売した「お化粧ふでぺん 目元用」のアイライナーには同社の筆ペンと染料の技術が詰まっている。
目の際という敏感な箇所に使うため、タッチが優しい筆ペンの穂先は最適だが、技術開発部の北村真紀子次長(44)は「紙ではなく肌に描く以上、穂先を柔らかくしなければならないが、柔らかすぎてもだめだった」。昭和48年に初代が登場した「くれ竹筆ぺん」の技術が柔らかすぎず固すぎない穂先を可能にしたという。極細のほか、太さが自由に変えられる平筆などバリエーションも4つそろえた。

内蔵するインク「バルク」にも同社の技術が生きている。化粧落としで落とせるが耐水性も併せ持つ顔料インクを開発。肌アレルギーが起きないよう金属フリーにし、保湿剤で肌荒れに配慮した。
「180色を展開しているカラーペンの染料技術が基礎になった」と北村次長は話す。
なぜコスメ?
同社は明治35年創業の墨の老舗で、昭和33年に書道用の液体墨を「墨滴」の名前で業界で初めて売り出した。サインペンで海外に販路を広げ、48年には筆のようなペン先にこだわった「くれ竹筆ぺん」が登場。全国に知られる企業に成長した。
その一方、スマホやパソコンの普及で手書きで文字を書く機会が減り書道への関心が薄れ、少子化とともに業界の先細りが懸念材料となっていた。
文化庁が発表した令和2年度の「生活文化調査研究事業報告書(書道)」によると、12歳以上の男女1500人に行ったアンケートで書道の未経験者は7・4%で、85・2%は「小中学校の授業で経験した」と回答。ところが経験者の88・8%が「現在はしていない」と答えており、学校を離れると書道が縁遠くなることを裏付けている。
同社海外販売チームの佐藤江利子マネジャー(51)は「書道離れは否めないが、呉竹は墨で始まり、筆ペンで発展した。蓄えた技術でコスメやアートの分野での販路を広げている」と説明する。
異業種で生き残り
昭和39年からマーカーのほか、水で溶かして使用する固形絵の具「顔彩」などを投入して海外事業を展開。海外ではノートに写真をレイアウトしてペンでデコレーションする「スクラップブッキング」という文化があり、同社が「ZIG」のブランド名で販売するカラーペンは欧州をはじめ世界80カ国で人気が高い。

コスメは平成21年にOEM(他社製品の受託生産)で参入した新分野だが、アイライナーに続き昨年2月、「お化粧ふでぺん 眉毛用」のアイブロウが登場。細いがコシがある0・01ミリの超極細筆先は眉毛を一本一本描き分けることもできる。実際、インターネットには<筆の細さが最高!><筆が細いので描きやすい>といった感想も。「コスメ事業はまだ筆に及ばないが、伸びしろは十分」と佐藤マネジャーは話す。
異業種では融雪剤も手掛けている。すすが主成分の液体融雪剤で、黒い色が光を吸収して熱を生み、雪を溶かす。粉ではなく液状で散布の際にムラが出ない特性があり、ドローンでの散布に適しているという。
同社のロゴには「アート&クラフトカンパニー」の文字が躍る。書道という日本伝統の市場からスタートし、培った技術をグローバル展開につなぐ同社は、アートとコスメという新たな市場で挑戦を続けている。
筆者:平岡康彦(産経新聞)
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