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「国境の島」と呼ばれる沖縄県八重山諸島は、尖閣諸島を行政区域に含む石垣市、台湾と約110㌔の距離しかない日本最西端の与那国町、日本最南端の有人島を含む竹富町で構成される。国内屈指のリゾート地として知られる自然豊かな島々だが、他のリゾート地と明らかに違うのは、新聞紙面に「尖閣」「台湾」の文字が載らない日はないことだ。
本島と異なる空気感
八重山はまさに日本の安全保障の最前線にある。住民は、中国の軍事的脅威を日常の一部のように感じつつ生活するという特異な環境に置かれている。
私は普段は石垣市に住み、月に1回は取材で沖縄本島に出張する。そのたびに感じるのは、本島と「国境の島」八重山との間では、安全保障問題を巡って明らかに空気感が異なることだ。
沖縄本島はこの10年「オール沖縄」と呼ばれる反基地色の強い県政が続く。「オール沖縄」は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対する勢力の総称で、リーダーの玉城デニー知事は在沖米軍基地そのものに否定的な発言を繰り返している。さらに近年は、自衛隊の活動に対しても懐疑的な態度を取り「抑止力の強化がアジアの軍拡競争を招き、沖縄が攻撃対象になるようなことがあってはならない」と主張する。
尖閣諸島周辺では中国海警局の艦船が4隻体制で常駐し、領海侵入や近くで操業する日本漁船への威嚇を繰り返している。これは八重山では深刻な問題として受け止められているが、沖縄本島で県政が政策の重点項目としてクローズアップするのは常に米軍基地問題であり、尖閣問題が話題になる機会はほとんどない。
危機感薄い本島住民
玉城知事は沖縄の代表として、尖閣問題で中国政府に直接抗議したことすらない。中国は沖縄に強い関心を寄せているようで、駐日大使などの外交官が最近、しばしば県庁を訪れるようになった。玉城知事は満面の笑みで彼らと握手を交わし「沖縄と中国」の友好を誓っている。
前述のように台湾は八重山とは目と鼻の先にあり、地元では「台湾有事」が勃発した場合、八重山が巻き込まれるのは必至との見方が強い。政府や地元自治体は有事の際、八重山住民を九州に全員避難させる計画を立てている。
新年度からは政府の支援を得て、石垣市で有事の際に住民が一時避難できるシェルターの整備計画も本格化する。
離島住民はもう台湾有事を「自分の人生で現実に起こり得るリスク」と捉えているのだ。それに比べると県政も含め、沖縄本島住民はあまりに危機感が薄い。
命を守る覚悟が知事にあるのか
2024年6月に熊本県で開かれた九州知事会で、有事の際に宮古、八重山住民の受け入れ先となる九州各県の案が政府から初めて提示され、各県の知事が協議した。ところが、何とこの場に当事者の玉城知事が不在だった。副知事を代理に送ったのだ。
では玉城知事本人は何をしていたのか。この時期はちょうど県議選が行われており、知事は沖縄本島で与党候補の応援演説をしていたことが明らかになった。台湾有事への懸念を強める八重山住民の気持ちなど、まるで他人事と言わんばかりの行動である。
石垣市選出の県議は「ショックだった。離島住民の命を守る覚悟が知事にあるのか」と玉城知事の対応に呆れた表情を見せる。
抑止力の強化より「反基地」のイデオロギーを優先する県政の体質は、有事を見据えて政府が2024年から開始した「特定利用空港・港湾」制度に関しても浮き彫りになった。
インフラ強化に反対する玉城知事
「特定利用空港・港湾」とは、全国の戦略的に重要な空港・港湾を政府が指定し、平素から自衛隊や海上保安庁が円滑に利用できるような枠組みを管理者との間で結ぶ制度だ。空港の滑走路延長や港湾整備など、インフラ機能の強化が政府主導で進められる。
沖縄は全国最多の12カ所が指定候補に挙がったが、2024年中に指定されたのは国が管理する那覇空港と石垣港だけだ。指定が進まないのは、ほとんどの空港を県が管理しており、玉城知事が指定に難色を示したためである。
玉城知事を支える県政与党は、空港や港湾が指定されれば「有事の際に攻撃対象となる」「軍事施設とみなされ、民間施設の保護を定めたジュネーブ条約の適用を受けられなくなる」などと主張する。
指定候補の一つが県管理の新石垣空港だ。石垣市は、指定されれば滑走路延長が事業化され、平時には観光振興が進み、有事には住民の避難を円滑化できると期待する。与那国町も同様の理由で、与那国空港の指定を熱望している。
「反基地イデオロギー」
石垣市の中山義隆市長は玉城知事に対し、指定を認めるよう直訴したが、知事は「さまざまな懸念について防衛省と協議していく」と慎重姿勢を崩さなかった。
この問題は、玉城県政の「反基地イデオロギー」が高じ、日本の抑止力強化すら阻害するようになった典型例である。
2025年は、県が反対する辺野古移設の工事がさらに進展する。台湾情勢は現状では緊張緩和の見通しが立たず、新石垣と与那国空港の特定利用空港指定を求める八重山の声は強まるはずだが、玉城県政は頑として同意しないだろう。辺野古にせよ特定利用空港指定にせよ、県政の基本的方針に関わる問題であり、玉城知事が譲歩すれば支持基盤が崩壊しかねないからだ。
玉城県政の存在が安全保障リスク
県政が辺野古移設や特定利用空港指定に抵抗し続ける限り、日本の安全保障は最前線の沖縄で、大きな不安要因を抱え続けることになる。蟻の一穴どころではない。日本にとって、玉城県政の存在が安全保障リスクと言っていい現状だ。
次期知事選は2026年に行われるが、2025年は選挙をにらんだ動きが徐々に本格化する。中国による世論操作や選挙介入の可能性も念頭に、警戒を強めなくてはならない。
2024年6月の県議選では県政与党が大敗し、県議会は野党の自民、公明が多数を占めた。玉城県政は辺野古反対のための新たな裁判を事実上起こせなくなるなど、反基地イデオロギー優先の政策ばかり続けるわけにはいかなくなっている。
県政の軌道修正を求める自公と、反基地イデオロギーに固執する県政のつばぜり合いは、日本の安全保障も巻き込みながら激化しそうだ。
筆者:仲新城 誠(八重山日報論説主幹)
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