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2025年の世界での最大主役は疑いもなくアメリカ合衆国第47代の大統領となるドナルド・トランプ氏であろう。国民多数派の信託を民主的な選挙で獲得してホワイトハウスに戻るトランプ氏の新たな統治は文字通り、アメリカの内政を根幹から変え、国際情勢をも激変させる。
では新しい年の国際情勢はどうなるのか。
ごく簡単にいえば、トランプ次期政権の「力による平和」策の推進によるアメリカの抑止力の復活、そしてアメリカ主導の国際秩序の破壊を試みてきた専制勢力の後退が予測される。その攻守の過程では戦争の危機ともよべる展開もあろう。だが基本はなお揺るぎなく強大な軍事力を保持するアメリカのトランプ政権がその抑止力行使の選別的な介入の構えを明示することで反米勢力のこれまでの膨張傾向はかなりの程度、抑えられるだろう。
さて新年の世界情勢を便宜上、4つの柱に分けて予測しよう。
まず第一は冒頭に書いたようなアメリカの抑止力の復活である。
この傾向は「強いアメリカ」、「抑止するアメリカ」と評してもよい。アメリカの国際的な抑止力はこれまでの民主党バイデン政権では衰退の一途だった。国際協調とかグローバル化という標語の政策を優先したバイデン政権はアメリカ年来の「力による平和」という概念には背を向けてきた。その結果としての反米勢力によるウクライナ侵攻、イスラエル攻撃、さらには中国の軍事膨張、ひいてはアフガニスタンでのイスラム原理主義勢力の復活という出来事はアメリカの国際指導力の衰えと自由民主主義陣営の後退を印象づけた。
トランプ政権の再登場はこのアメリカの衰退を逆転する効用が期待される。トランプ政権は「アメリカ第一」の政策標語の下に対外的な軍事介入には慎重な姿勢を強調する。だがアメリカ国民の生命への危険、さらにはアメリカの国益の重大な侵害に対しては軍事的な対外介入を辞さないとも宣言する。選別的な軍事介入である。
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第二は国際的な保守主義の拡大、リベラリズムの後退である。
アメリカの今回の大統領選挙で明示されたのがまさにこの現象だった。この現象は国家主権重視の拡大とグローバリズムの後退と換言してもよい。自国の国益優先策の広がりと国際協調主義の縮小と表現してもよい。
この政治傾向はヨーロッパでもすでに顕著である。イタリアでは自国の主権を尊重し、外部からの移民の大量流入には反対して一時は「極右」とも断じられたジョルジャ・メロー二氏が民主的なプロセスで政権を握った。フランスでも保守主義政党のマリオン・ルベン氏が国民の支持を広げた。
ここで保守主義、リベラリズムの簡単な定義づけに触れておこう。
保守主義とは国家運営のうえでは、自国の利益の最重視、政府規制の緩和、自国の文化や伝統の尊重、軍事力の効用の認識などが柱だといえる。反対にリベラリズムとは、国際協力の重視、国内での政府規制の強化、軍事力の軽視などが特徴だろう。
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第三の新年の国際情勢での顕著な傾向は軍事力の役割の拡大だといえる。
ここ数年の世界の混迷や危機は軍事という要素が主体だった。ロシアのウクライナ侵攻はまさに軍事攻撃だった。ハマスによるイスラエル攻撃も同様である。中国が侵略的な膨張を続けるのも軍事力の大増強が基盤となる。北朝鮮が核兵器や長距離ミサイルの開発で世界を動揺させるのもまさに軍事行動そのものである。
国際情勢の変化の要因はもちろん軍事だけではない。だが至近の国際情勢の不安定化は特定国家の軍事行動が主体となってきた。具体的には専制国家群が
軍事的手段によりアメリカ主導の既存の国際秩序を崩すという動きが顕著だったのだ。こうした変動の原因は超大国のアメリカが軍事軽視という方向へ動いたことが大きい。バイデン政権がリベラル派の伝統ともいえる軍事軽視、軍事忌避の傾向を深めたのだ。
バイデン政権はまずアメリカの国防予算を抑制した。最新の会計年度では名目上の前年比がわずか1%増、インフレ率を引いた実質ではマイナスとなる。新兵器の開発もトランプ前政権が決めた重要案件を取り消してしまった。そのうえに周知のようにバイデン大統領はロシアのウクライナ侵攻の際にはアメリカは経済制裁で対応すると述べ、すべての軍事的対応を排除したのだった。
新しい年はトランプ次期政権がこのアメリカの軍事収縮を逆転させる。その意味では国際情勢での軍事力の役割がまた拡大するわけだ。同時にこれまで軍事力を陰に陽に使って自国の野望を広げ、アメリカ主導の世界秩序にチャレンジしてきた反米専制国家群にもなお軍事力の効用は重要であり続ける。
ましてウクライナ戦争での無人機、人口知能(AI)、サイバー攻撃などのハイテク兵器の広範な導入で近代戦の基本的性格が変わったと指摘される。多数の国が軍事力の内容や質を新たな高度技術の大幅採用で変革を図る。軍事力自体が大きく変わる国際環境でもあるのだ。
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第四は経済という事象の国際的な位置づけの変化である。
国際関係では長年、経済さえうまくいけば、各国間の関係も円満に留まる、という思考があった。各国の国内経済が安定し、他の諸国との経済関係も円滑ならば、世界は安定し平和と安定が保たれるという考え方である。経済至上(Supremacy)主義と呼べるだろう。世界の政治や安全保障もそもそも経済が成長し、安定していれば、支障はない、という思考でもあった。
新しい年にはこの経済至上主義が現実には機能しないことがますます明白となるだろう。経済を最優先とし、至上とする思考はすでに2022年ごろから崩れてきた。2025年にはその状況がさらに明確になると予測される。
ロシアのウクライナ侵攻は経済至上主義の瓦解を意味した。ロシアとウクライナ、さらにはその背後にいる欧米側との間には骨太の経済の絆があった。米欧側はそうしたロシアとの天然ガスや石油というエネルギー源の経済交流を一気に遮断して、ロシアの侵略への制裁とした。
トランプ大統領の再選後の方針表明をみても、中国との従来の経済的交流に対して全面停止に近いディカップリング(切り離し)を主張する。中国側も政治や安全保障での自国に不快な案件では遠慮なく経済を脅しや反撃の手段とする。この傾向は要するに主権国家の対外関係では経済は手段であり、目的ではない、という現実を改めて示したといえる。その反対が経済こそが目的だとする経済至上主義だった。
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さて以上のような新年の国際潮流は日本にとってなにを意味するのか。
国家主権の明確化、国際協調の限界、軍事力の効用、経済至上主義の崩壊と、いずれも日本にとっては国のあり方を根底から変えねばならないほどの超難題である。なぜなら戦後の日本の国家体制、そして対外姿勢はこの新たな傾向とは反対を向いてきたともいえるからだ。
この国際変動にどう柔軟に対処できるか。日本にとっての国家の根幹の立脚を問われる曲がり角だともいえよう。
筆者:古森義久(JAPAN Forward特別顧問)
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