ウクライナ国旗を掲げた軍車両とひまわり畑
=2014年7月、ウクライナ東部ドネツク州(AP)
~~
果てしない大空と、地平線のかなたまで広がる小麦畑をイメージした青と黄色のウクライナ国旗が世界各地で揺れている。ニューヨーク、パリ、プラハ、台北…。ウクライナに侵攻したロシアへの抗議デモや、ウクライナへの支援活動が日本でも続く。
5日にコンサートを控えていた東京ニューシティ管弦楽団も急遽(きゅうきょ)、ウクライナ国歌を演奏することにした。
「ウクライナのために私たちができることは何かを考えたのです」
楽団の理事を務める吹浦忠正氏(80)はこう語る。
2月24日に始まったロシアの侵攻に、ウクライナの市民たちが必死に抵抗している。戦車の前に座り込んだり、軍用車両の前に立ちはだかったりして前進を阻もうとする男性たち。女性たちは火炎瓶を作り、お年寄りや子供さえも銃の訓練をしている。名もなき人々だ。
吹浦氏は、1964年の東京五輪で参加国の国旗づくりを担当するなど国旗に造詣が深く、思い入れがある。
「ウクライナ国旗の黄色は、私にとってはひまわりです。ソフィア・ローレン主演の映画『ひまわり』が思い出されますね。ひまわりはウクライナの国花なのです。ただ、ロシアの国花でもあり、同じ国花をもつ国同士が争っているわけです…」
70年に公開されたこの映画は、第二次大戦でソ連(当時)の前線に出征し行方不明になった夫を、イタリア人女性が捜し歩くというストーリーだ。戦禍に倒れた無数の兵士や市民が埋められたという大地の上に、ひまわりが咲き乱れるシーンで知られる。
そのひまわり畑こそ、ソ連領だったウクライナ南部のヘルソンで撮影されたといわれている。今月2日、ロシア軍が制圧したと発表した港湾都市である。
「皆さまにお願いがございます」。5日、東京・池袋で行われた東京ニューシティ管弦楽団のコンサート。楽団側が突然、当初の予定になかったウクライナ国歌を演奏することをアナウンスすると、場内がざわついた。
NPO法人「難民を助ける会」名誉会長の柳瀬房子氏が舞台に立ち、ウクライナから逃れようとする市民たちの現状を説明、「なかなか国境を越えられず、食料が不足しています」と募金への協力を訴えた。
楽団側の呼びかけで約550人の聴衆が起立する中、ウクライナ国歌の演奏とソプラノ歌手、新藤昌子さんによる独唱が始まった。
1860年代に作詞・作曲された歌を基にしたという国歌の名称は、「ウクライナは滅びず」。荘重(そうちゅう)な調べと、威厳あるウクライナ語の歌声がホールに響く。
歌詞の大意はこうだ。
ウクライナの栄光と自由は滅びない
運命は再び我らにほほ笑む
敵は露のように消えうせるだろう
…自由のために魂と体を捧げよう
まるで、現在のウクライナを予期したような歌である。演奏と独唱が終わるや万雷の拍手がわき起こり、期せずして、スタンディングオベーションの形となった。
報道によると、へルソンでは同じ日、露軍が占拠した市庁舎前の「自由広場」に約2千人の市民が集まり、青と黄色の国旗を掲げながら、この国歌を合唱したという。
映画ではなく実際に、戦争によって恋人や親子が引き裂かれてしまったウクライナ。ロシアの戦車に蹂躙(じゅうりん)された大地に、今年の夏もひまわりは咲き誇るだろうか。
筆者:藤本欣也(産経新聞外信部編集委員)
◇
2022年3月8日付産経新聞【緯度経度】を転載してます