中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)各国が策定中の南シナ海の「行動規範」が度々話題に上る。11月中旬の日米中韓などを加えたASEAN拡大国防相会議でも、早期策定の重要性が確認された。日本を含む多くの国の海上交通路であるこの海域に、安全航行のための国際ルールを導入することは歓迎すべきである。問題は、それが中国に好都合に利用されている側面があることだ。
エスパー米国防長官は、中国は行動規範策定に「真剣に取り組んでいるとは思えない」とも述べたという。中国は南シナ海の岩礁を埋め立て、3千メートル級の滑走路を含む軍事施設を次々と建設した。今年6~7月には、6発の対艦弾道ミサイルの発射実験を実施している。こうした力ずくの現状変更や示威行為は、ルール作りをするものの態度としてふさわしくない。
そもそも、中国とASEANによる南シナ海のルール作りは、スプラトリー(南沙)諸島などの領有権争いが深刻化した1990年代に始まる。中国が法的拘束力を持つルールの導入に反対したため、両者は政治文書とすることで折り合い、2002年、信頼醸成や武力不行使をうたった「行動宣言」を発表した。これに実効性を持たせようというのが行動規範だ。中国は当初、交渉入りを渋っていたが、このところは、21年までの妥結を目指すと表明するなど、積極姿勢が目立っている。
ASEANは単独あるいは日米中韓なども加えて、いくつもの首脳級、閣僚級会議を開催する。南シナ海情勢は安全保障上の重要議題であり、日米や周辺国は当然、中国の軍事拠点化を批判する。議長声明では、中国との名指しこそ避け、懸念の表明があったことが記される。一方、行動規範も欠かせないテーマであり、作業の進捗(しんちょく)ぶりが報告される。その結果、声明は全体として、南シナ海について緊張は高まっているが緩和への努力も続けられているという肯定的な面も強調されるのだ。
中国は経済的、軍事的に台頭し、ASEANとの力の差は歴然としている。経済援助と引き換えに、カンボジアなどいくつかの国を味方につけた。対ASEAN外交で主導権を握ることはさほど難しくあるまい。行動規範には、南シナ海で第三国と合同軍事演習を行う際は中国と周辺国の同意が必要とする規定が盛り込まれようとしているという。米軍などは入れないという中国の意図だろう。
ハーグの仲裁裁判所がフィリピンの提訴を受け、南シナ海の大半に主権が及ぶなどとした中国の主張を全面的に退ける裁定を下したのは16年7月のことだ。中国はこの裁定を「紙くず」と呼び相手にしていない。国際ルールを無視したひどい状態にあるのだが、新たな国際ルールとして行動規範を掲げれば、目をそらせることができると考えているのではないか。
南シナ海を取り巻く状況は1990年代とはがらりと変わった。いまや中国とASEANの一部の国が領有権を争っているのではない。巨大な中国が南シナ海全体をのみこもうとしているのだ。南シナ海は国際貿易に重要な海上交通路で大半は公海だ。ルール作りを中国とASEAN各国の手に委ねられない。「自由で開かれたインド太平洋」を標榜(ひょうぼう)する日米が関与すべきではないか。
筆者:内畠嗣雅(産経新聞論説委員)
12月3日付産経新聞【一筆多論】を転載しています