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付かず離れずのほどよい距離が、人間の専売特許とはかぎらない。

 

大海原で群れをなす魚もまた、互いの距離には敏感である。体の側面に発達した感覚器官は、近くにいる仲間との距離を保つ検知器だという。視野は330度と広く、真後ろ以外の仲間を把握できる。離れ過ぎれば適度な距離にまで戻る習性もある。気に食わない相手がいたとしても、群れの中で衝突することがない。

 

 

海外からの旅行客が日本に来て驚くのは、東京・渋谷のスクランブル交差点という。多いときで一度に3千もの人々が横断するのに、誰一人としてぶつからない。神業のような衝突回避の歩行に目を奪われるらしい。そこに「よそ見」という要素が加わるとどうなるか。京都工芸繊維大の村上久助教らが、通行に与える「歩きスマホ」の影響を明らかにした。

 

実験で2つの集団をすれ違わせると、歩行者は複数の縦列をなし、円滑に歩いた。一部の人がスマートフォンに見入ると、慌てて衝突を避けようとするなど列の乱れが生じたという。相手の行動予測ができず、ぶつかる危険性が高まる―が村上氏らの結論である。笑いを誘われながらも腕組みしてしまうこの研究に、今年の「イグ・ノーベル賞」が贈られた。

 

 

「しぐさは思草(しぐさ)」とよくいわれる。昔は狭い路地で人と人が出会ったら、互いの右肩と右腕を後ろに引いてすれ違う「肩引き」のような作法があった。当節は脇を通り抜ける折の「失礼します」や肩肘が当たった際の「すみません」すら、胸ポケットにしのばせる人が少なくなった。1秒先の行動も読みづらい、いまの人々である。

 

車の自動運転技術が、魚の群れから多くを得たことは知られている。現代人は視野も狭ければ、検知器の具合も怪しい。

 

 

2021年9月12日付産経新聞【産経抄】を転載しています

 

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