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東京電力福島第1原子力発電所から発生した処理水を海洋放出する計画を巡り、先の中露首脳会談の共同声明は処理水を「放射能汚染水」と表現、国際問題化しようとする意図が垣間見えた。今夏にも迫る計画実行に向け、国際社会の誤解を解くとともに、風評被害対策や計画への理解を進めるため、改めて科学的で丁寧な説明が求められている。
IAEAは「お墨付き」
「事実誤認がある」。西村康稔経済産業相は3月24日の閣議後会見で、ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席が共同声明の中で処理水の放出計画に懸念を示したことに触れ、明確に反論した。
西村氏が特に問題視したのは「放射能汚染水」という表現。処理水は事故で溶け落ちた燃料デブリを冷却した後の汚染水を浄化処理し、トリチウム以外の放射性物質を取り除いたものだ。西村氏は「処理水放出は国際基準に完全に適合した形で実施され、いかなる害も与えない」と従来の主張を重ねて強調した。
国際原子力機関(IAEA)は今年1月、放出計画について、「設備の使用前検査などが国際的な安全基準に沿って適切に行われている」と評価。検証には中露の専門家も参加していたが、科学的根拠に基づく反論はなかったという。
これは独立性の高い国際機関が計画の安全性に「お墨付き」を与えたに等しい。昨年5月に同原発を視察したIAEAのグロッシ事務局長は「懸念を表明する国々も、この基準を受け入れているはずだ」とくぎを刺し、科学的に判断するよう求めた。
中国より少ないトリチウム放出
そもそもトリチウムは自然界にも存在する。放射線のエネルギーは紙1枚を通せないほど弱く、人体に入っても多くが排出され、健康への影響はないとされる。また、原子力施設を保有する国々も、排出基準に差はあるが、発生したトリチウムを海に流している。
経済産業省によると、トリチウムの年間放出量(液体)は、福島第1原発の計画では22兆ベクレル未満。福島第1とは発電方式が異なる関西電力高浜原発などの加圧水型軽水炉は、平均値で約18兆~83兆ベクレルを海に流しているが、それでも中国の陽江原発(約107兆ベクレル)や韓国の古里原発(約91兆ベクレル)よりは少ない。
ただ、福島の場合、通常運転に伴って排出されるものではなく、事故に由来することから生態系への影響を不安視する声もある。このため政府は放出に伴う新たな風評被害対策として、水産物の買い取りや漁業者支援に充てる基金として約500億円を用意。放出開始後は周辺海域で海水に含まれるトリチウム濃度の測定回数を増やすなど、監視を強化する構えだ。
海洋放出「賛成」が上回る
政府が今年2月に公表したインターネットによる全国調査では、海洋放出に「賛成」と答えた人の割合は46・0%。「反対」と答えた人は23・8%にとどまった。昨年末以降、政府や東電による積極的な広報活動も影響したとみられる。東電はホームページに中国語や韓国語にも対応した「処理水ポータルサイト」を設置。「処理水についてお伝えしたいこと」として、18項目を簡潔にまとめイラスト付きで紹介、動画も掲載した。
政府と東電は平成27年、地元の漁業者らと「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束した。地元の漁業関係者は今も反対の姿勢を崩しておらず、丁寧に理解を求めなければ前に進まない。
処理水の処分方法を巡る国の有識者会合の委員を務めた福島大の小山良太教授は「理解が深まらない中では誤解や噂だけが先行し、社会不安をあおらないよう注意する必要がある。処理水と汚染水の違いなど、一般の理解度がどこまで深まったか、定期的なアンケートなどで把握しておく必要がある」と話している。
筆者:白岩賢太(産経新聞)