【神話を斬る】誰が「ブランド・ジャパン」を貶めているのか

 

ゴーン事件「日本の現実と他国の理想」を比べるな

 

テンプル大学ジャパンのジェフリー・キングストン教授による意見記事「ブランド・ジャパン 打撃を受ける」が1月17日、ワシントン・ポストに発表された。表向きは、カルロス・ゴーンの逮捕と日本における女性差別に関する報道が如何に日本の印象(ブランド)を害しているか、客観的に解説するのが目的だ。しかし、記事の最後に書かれている、「日本社会を支配している保守的な年配男性エリートたちは、日本の女性と若者の願望とブランド・ジャパンを裏切る」という箇所を読めば、彼の客観性に誰もが疑問を抱くはずだ。

 

彼の主張の真偽はともかく、こういう内容の記事は、日本人の読者に向けて日本語で書くべきではないだろうか。「年配の白人の男たち」はすでに日本の印象を汚しているが、それをさらにアメリカ人の読者に訴えかける意味はどこにあるのだろうか。

 

キングストンは日本人や安倍首相に対してクドクドと指摘する論文を英語では大量に書いているが、私が知る限り、彼は日本人読者向けに日本語で執筆したことはない。

 

キングストンは日本語で書かないだけでなく、日本語の情報源も読んでいない。これはキングストンの日本に関する論文に記述された参考文献を見れば明らかだ。キングストンの論文「近代日本における報道の自由」には、自身の主張を裏付けるための情報源を含め、参考文献には日本語の記事が一切ない。さらに、下記に説明するように、キングストンはカルロス・ゴーン氏の逮捕に関する英語の情報源でさえ、範囲が狭く、解釈も雑だ。

 

キングストンの論文採点

 

私は40年以上、日本の歴史と社会学を教えてきたが、ここからはキングストンの論文の前半部分を、学部生の論文を評価する際のやり方とほぼ同じように解説する。ここではゴーン逮捕の件はよりタイムリーで、女性差別の件は非常に主観的なので、評価の範囲をあえてゴーン事件に制限する。

 

<キングストン>

哀れなカルロス・ゴーン。日本の検察官は勾留された日産の元最高経営責任者の保釈を認めず、勾留を2カ月延長した。その間、被告人は弁護士と連絡が取れないまま、1日最大8時間の取り調べ受けることになる。

 

<筆者>

取調べは弁護士不在で行われるが、被告人は弁護士と連絡することはできる。フランス法制度(および他大陸法)では、取調べ中に弁護士の同席は必ずしも許可されないし、弁護士は黙秘が義務付けられている。この事実はニューヨーク・タイムズ紙にも指摘され、フランスで逮捕された英国国民に向けた英国政府の勧告にも明記されている。

 

ゴーン氏がフランスで逮捕された外国人だったとしても、保釈の可能性は非常に低い。英国政府の刊行物によると、外国人は通常24カ月間勾留される。ブラジルの場合は18カ月間、レバノンでは「明確な犯罪事態の告訴がなくても、検察は容疑者を無期限に拘留する権利がある」のだ。結局のところ、ゴーン氏の逮捕と拘留に関して、同氏が市民権を持つ3カ国よりも日本の方が酷だというわけではない。

 

さらに、保釈金による保釈は非常に不公平な制度だ。そのため、カリフォルニア州は最近、保釈金制度を廃止した。新制度では、裁判官が仮釈放の是非に関して広い裁量権が与えられる(与え過ぎだという声も上がっている)。米国の膨大な在監者数の約4分の1が、保釈金を払えなくて拘留されている。

 

<キングストン>

フランス・ブラジル・レバノンの国籍を持つ元最高経営責任者のゴーン氏は、日本語が流暢ではない。検察官は彼を精神的に根負けさせることで、日本語で書かれた供述調書に強引に署名させようとしている。

 

<筆者>

ゴーン氏の息子によると、ゴーン氏は供述調書に署名するように圧力をかけられている。しかし、ゴーン氏の元弁護士(大鶴基成)は「分からない言語の書類に署名を求められたとゴーン氏からは聞いていない」と、公に否定した。

 

<キングストン>

ゴーン氏が手錠をかけられ、プライベートジェットから降ろされ、腰にロープを巻かれて裁判所に現れた「パープ・ウォーク」(警察が逮捕した被告人を連れ出し、マスコミに撮影の機会を与えることを意味する)の時から…

 

<筆者>

「パープ・ウォーク」という米国俗語を使うことによって、キングストンは迂闊にも米国独特の慣習に読者の注意を向けている。米国では被告人が手錠をかけられて外に連れ出されるのは一般的であり、通常は拘束されてオレンジ色のジャンプスーツを着せられる。妊娠中の被告人が手錠をかけられたまま出産した事例もある。米国のロシア疑惑の捜査で逮捕されたロジャー・ストーン氏は手錠をかけられたまま出廷した。

 

ニューヨーク・タイムズ紙によると、「当時連邦検事だったルドルフ・ジュリアーニは、被疑者の人権を軽視する傾向があった。ジュリアーニ氏はウォール街の金持ち被疑者をマスコミの面前で見世物にし、タフガイとしての評判を築こうとした」。同記事にはこうも書いてある。「最近『パープ・ウォーク』をさせられて騒がれた大物は、2011年にIMF専務理事を務め、大統領選挙では有力候補と見なされていたドミニク・ストロスカーン氏だ」。この一件はフランスで激しい非難を招き、多数の論評家が彼の逮捕を「集団リンチ」と表現した。

 

日本のやり方を世界標準から外れたものとして批判することがキングストンの目的だとすれば、論文で米国の「パープ・ウォーク」現象に言及するのは極めて奇妙な方法だ。

 

<キングストン>

マスコミによる情報漏洩の連鎖は、ゴーン氏が有罪判決を免れないかのように見せ、ゴーン氏を告訴しているようなものだ。強要で得た偽自白が市民組織や法曹界の間で問題視されているにも関わらず、被告の無罪率は実に1パーセント未満だ。

 

<筆者>

米国の事件捜査や裁判を調べれば、マスコミによる情報漏洩が日本特有の現象ではないことがすぐに分かる。これは「trump leaks」と検索すれば確認できる。日本の裁判官は、世論に左右されないと一般的には言われている。

 

キングストンの言う1パーセント未満の無罪率は、通常「99パーセントの有罪率」と表現されるが、2001年に発表されたハーバード・ロー・スクールのジョン・マーク・ラムザイヤー教授の研究によって詳しく説明されている。ラムザイヤー氏の研究成果はこのテーマに関する全ての後続研究により裏付けられた。要するに、日本の検察官は無罪判決の可能性があると考えたら、容疑者を起訴しないのだ。実際に、無罪判決のリスクを取るより、不起訴にする場合が約4割を占める。

 

アメリカ合衆国連邦裁判所の有罪率と比較すれば、日本の有罪率99パーセントが異常ではないことがわかる。アメリカ合衆国連邦裁判所も有罪率は99パーセント以上で、一部の裁判所では有罪率が100パーセントだ。

 

強要自白の点において、問題視すべきなのは日本ではなく米国だ。多数の情報源によると、米国では95%の刑事事件で司法取引が行われる。司法取引とは「被告人が罪を認めるのなら、検察側は求刑の軽減、或いは罪状の軽減を行う取引である」。

 

司法取引では、抑圧と強要の両方が用いられる。多くの場合、司法取引が保釈の条件とされるが、これが強要に当たる。抑圧は、司法取引を行わなければ、検察官の起訴内容がそのまま裁判に持っていかれるからだ。調査によれば、司法取引に合意せず、裁判にかけられると、高い可能性で有罪判決が下され、司法取引に応じた場合に定められたであろう刑期の2倍以上長い懲役(薬物犯罪の場合は7倍未満)が宣告される。アメリカ自由人権協会等の団体は米国流の司法取引を厳しく批判している。

 

<キングストン>

世界有数の高収益企業である自動車メーカーの最高経営責任者だったゴーン氏の報酬を国際基準と比べると適当だが、日本の基準と比べると高過ぎる。日本の検察は日本の基準を物差しとしている。

 

<筆者>

ここで述べられていることは全くの嘘だ。ゴーン氏の報酬額が問題なのではない。ゴーン氏(および日産自動車)は、義務付けられている財務報告で報酬を過少申告した罪で告発されたのだ。 そして財務報告の虚偽記載が深刻な違法行為として捉えられるのは、日本に限ったことではない。皮肉だが、論争されている報酬開示義務は、米国制度を手本にし、日本の財務報告義務が緩すぎるという外国からの批判によって導入されたものである。

 

ゴーン氏の報酬が高すぎるという論点においては、実際は日本よりフランスの方が批判が強かった。2018年2月のウォール・ストリート・ジャーナルの報道によると、 ルノーとフランス政府は、ゴーン氏に2年の続投取締役を条件に、3割の減給に応じることを要求していた。

 

二度目の結婚式をベルサイユ宮殿で挙げるなど、フランス人はゴーン氏の豪勢な暮らしに反感を覚えた。ルノーの労働組合もゴーン氏の状況に同情を見せていない。

 

フランス通信社はゴーン氏が1月に出廷した後、ルノーの従業員にインタビューを行った。従業員の答えは無関心から激しい反感まで、様々であった。一人は「金が唸るほどあるくせに、従業員の昇給はしてくれない」と述べた。労働組合役員のフィリップ・ゴマールはゴーン氏の幾分やつれた姿についてこう述べた。「ゴーン氏が痩せたことを職員たちはあまり心配していない。それどころか、従業員の工場での労働環境や、ゴーン氏の取り分が一番大きいにも関わらず、従業員への要求が常に増していたことを考えると、彼の復職を願っている人はいないだろう」。

 

ゴーン氏はフランス新聞の風刺漫画にも描かれている。東京拘置所にいるゴーン氏が、白米に金箔がかかってないと文句を言う漫画がある。

 

逮捕前でさえも、ゴーン氏は世界のエリート層を意味する「ダボスマン」の代表例として言われ、評判は良くなかった。ゴーン氏の逮捕と取り調べを「尋問」と称したウォール・ストリート・ジャーナルは、ゴーン氏の贅沢な暮らしや、日産自動車の所有物を私用していた様子を、長文かつ詳細な記事をゴーン氏の逮捕後に発表している。

 

<キングストン>

ゴーン事件の扱い方には宗教的な厳格さと熱意が見える。日本人視聴者は「貪欲な外人」が打倒されて大喜びしている様子だ。

 

<筆者>

キングストンは日本が「貪欲な外人が打倒されて大喜びしている」という主張を裏付ける証拠を何一つ提供していない。それどころか、ゴーン氏が日本で盛大にもてはやされていると以前主張していたことと矛盾する。ちなみに、ゴーン氏の調査のきっかけとなった告発者は日本人ではなく外人だ。

 

<キングストン>

けれども、最近起きた日本企業の不祥事では同じ熱意が見られなかった。例えば、オリンパス(粉飾決算)、タカタ(欠陥エアバッグ)、そして東京電力(福島での失態)である。

 

<筆者>

これは記事の中で最も奇妙な箇所だ。オリンパスのハイパーリンクをクリックすると、「オリンパスに解任された幹部6人が、大規模な不正会計が明らかになった後、5億ドル以上の損害賠償を支払うよう命じられた」と述べたBBCの記事が表示される。また、東京電力のハイパーリンクをクリックするとガーディアンの記事が表示される。元東京電力幹部3人が業務上過失の罪で公判中であるという内容だ。

 

日本がタカタや幹部を起訴しなかったことは、重要ではない。タカタの幹部3人は米国で起訴され、同社は10億ドルの罰金を科された。さらに、欠陥エアバッグはタカタではなく、メキシコのコアウイラ州にある子会社によって製造されていた。

 

<キングストン>

ゴーン氏は文書偽造の罪でも非難されている。文書偽造は確かに重罪だ。それなのに、馴れ合いの土地取引をめぐるスキャンダルで、安倍首相の潔白を証明した公文を改ざんして国会に提出した官僚を、検察側は去年、不起訴処分にした。これはダブルスタンダード(二重基準)ではないか?

 

<筆者>

確かにそうかもしれない。ただ、こういう話は論点ずらしの議論に発展しがちだ。「誤りに誤りを重ねても正しくならない」と反論されるかもしれないが、日本だけが短所のある国ではないことを指摘したい。

 

日本に批判的な人は、あえて日本に不利な方法で日本と他国を比較し、批判の矢を向けることが多い。日本が他国より優れている、或いは他国と変わりがないと言うと、「誤りに誤りを重ねても正しくならない」「アメリカやイギリスが日本より酷いからと言って、日本がこのままで良い訳ではない」と反論する。

 

さらに、キングストンが「馴れ合いの土地取引」と呼び、一般的には「森友学園問題」と呼ばれる不祥事の解説もダブルスタンダード(二重標準)だ。籠池泰典(65)とその妻は、カルロス・ゴーンを拘留した同じ法制度により、300日間勾留されたからだ。

 

安倍首相にこれ以上恥をかかせないように2人は拘留されたと日本のマスコミは推測した。安倍首相をよく批判の標的にしているキングストンだが、拘留された2人に同情的な記事等は全く見つからない。確かに籠池夫妻がしたことは褒められないが、被告が日本人であれ、ゴーン氏のようにフランス・ブラジル・レバノン国籍を持ち、6,000万米ドルの日産自動車株を持ち、逮捕時には週34万米ドル以上の申告所得を取得していたエリートであれ、籠池夫妻が非暴力犯罪の容疑で10カ月間収監された事実には変わりがない。

 

結論

 

キングストンの論文は、学部生の論文としてもあまりに酷すぎる 。私だったら書き直せと返すだろう。私の意見に同意する必要はないが、日本と他国を間接的にも直接的にも比較するときは、日本の現実と他国の理想ではなく、日本の現実と他国の現実を比較し、それを証明する必要がある。

 

論文の主張を裏付けない情報源があるなら、それらを無視せずに正確に引用するべきだ。その情報源の主張が、なぜ自分の主張と関係ないかを説明する必要がある。

 

最後に、日本人がすべきこと、すべきでないことを指摘するなら、まずは日本語で書くべきだ。更に良いのは、自分の提案で日本を改善することができると思うなら、帰化して投票するか、立候補すればいい。

 

帰化することは難しくないし、帰化した外国人が国会議員や地方自治体の首長に選出されたこともある。選挙に失敗したとしても、英語で発信するより、日本語で選挙演説をした方が日本人に言いたい事が伝わるだろう。

 

 

筆者:アール・キンモンス博士(大正大学名誉教授、JAPAN Forward解説委員)

 

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Earl Kinmonth

Author:

Earl H. Kinmonth is professor emeritus at Taisho University. Before moving to Japan in 1997, he was reader in Japanese Studies at the University of Sheffield (1989-1997) and professor of history at the University of California-Davis (1977-1989). His research is in the history and sociology of Japanese education from the Meiji period to the present, with an emphasis on 1930s-1940s Japan. He is a Japanese citizen and writes commentary in English and Japanese, and does Japanese English translation. He is currently writing a book on foreign media coverage of Japan under the working title Japan in the Foreign Imagination.

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