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日本の人権外交はどうあるべきか。新設の人権問題担当首相補佐官を如何(いか)に機能させるか。架空の国際情勢を設定し日本の「人権外交」のあり方を考える演習を先週末に主催した。筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所が実施する「政策シミュレーション」で、今回が36回目。我(わ)が研究所の主任研究員でもある神保謙・慶大教授に仕切ってもらい、40人近い学者、現役公務員、専門家、ビジネスパーソン、ジャーナリストが集まり、約8時間、各国政府関係者等の役割をリアルに演じた外交のシミュレーションだ。彼らの知的貢献に深甚なる謝意を表したい。
新型コロナウイルス禍のため過去1年半はウェビナー(ウェブ・セミナー)方式を多用せざるを得なかったが、今回は最大限の感染防止措置を講じ、完全な対面方式で行った。そこで痛感したことは3つ。第1は、やはり外交ゲームは対面に限る、という常識だ。交渉とは人間対人間の騙(だま)し合いだから、相手の息遣いが分かる直接対面に勝るものはないのである。
第2は、参加者の世代交代だ。本シミュレーションには過去10年の歴史があるが、今回は参加者の3分の1が初めて参加してくれた若手だった。演習では参加者のクオリティーが全てだ。今回は若い世代が各国要人役をのびのびと演じていたのが嬉(うれ)しかった。老兵は死なず、ただ消えゆくのみ、なのか。
第3は、初心忘るべからず、である。元々(もともと)本演習の目的は、日本に政治任用制度を導入し、それを担う役人でも政治家でもない優秀な非公務員の人材を養成することだった。その意味でも若手の参加は大歓迎。おっと、脱線してしまった。本題に戻ろう。
今回の演習ではミャンマー内紛と中国ウイグル地域での騒乱を想定し、日米中豪ASEAN(東南アジア諸国連合)などのチームがそれぞれの利益最大化に努めた。最終的には、米国が「ウイグル強制労働防止法」を制定し、欧州とともに対中圧力を強めたが、肝心の日本は欧米の動きについていけない、という残念な結果に終わった。
今回の中国チームは強かった。情報戦で「ウイグルに関し不確かな情報を拡散」したと米国を非難する一方、日本には経済面で「米国に同調すれば、炭酸マグネシウム、アルミニウム、グラファイトの対日輸出を禁止する」などと脅しをかけてきた。
日本政府高官は「状況を注視する」とのみ述べたが、米国は同盟国も含めウイグル地区にサプライチェーンを持つ企業に対し全面的取引規制を求めた。これに対し、日本の経済官庁や経団連は対日制裁をやめるよう中国に求める一方、一帯一路への協力強化の意向も伝えた。
演習終了後の会合で日本チームは「米中の板挟みで、独自のイニシアチブを発揮できず、後手後手に回った。中国を刺激しないよう日本版人権制裁法制定も断念せざるを得ず、極めて現実的な結果に終わった」と総括した。
対する中国チームは「一貫して日米印豪などを離反させるべく攻勢に出た」「日本には経済界に対し圧力をかけ続けた」と振り返る。要は中国の圧力が効果的で日本は思うように動けなかったのだ。これは決して絵空事ではない。人権外交は情報戦の重要な手段だが、それだけで決定打を放つことはできないのだ。
以上を最近の中国女子プロテニスの彭帥選手をめぐる動きと重ねれば、結論は一つ。中国外交は「攻めは強いが、守りは弱い」のである。されば、日本の対中人権外交も同様、情報戦で先手を取り、こちらから能動的に攻める姿勢が最も効果的だろう。
たかが演習、されど演習だ。今回も教訓満載の8時間だった。
筆者:宮家邦彦
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2021年12月2日付産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】を転載しています