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世界で脱炭素に向けた取り組みが広がる中、化石燃料の「逆襲」が始まった。世界市場で石炭や天然ガスといった化石燃料の価格が相次いで急騰する動きを見せ、中国では石炭高騰を背景に大規模な停電が相次いで発生するなど、深刻な電力危機に見舞われている。
地球温暖化を防ぐため、今月末からは英国で気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が始まり、各国は競って温室効果ガスの排出削減目標を示す。だが、実際には現在も化石燃料が世界の主力燃料だ。その価格高騰による電力危機は中国からインドへと波及しつつある。
中国で電力危機が発生
さらに今冬は今年1月を上回る世界的な液化天然ガス(LNG)不足に直面すると予想されている。脱炭素に比重を置くあまり、足元の燃料調達が疎(おろそ)かになれば、海外からの資源輸入に依存する日本は手痛いしっぺ返しを受けかねない。
中国では先月から電力の供給制限地域が広がり、広東省や浙江省、遼寧省など20省程度で停電が頻発している。製造業が集積する広東省では、日本や米国の工場が相次いで操業停止に追い込まれている。
電源の半分以上を石炭火力が占める中国では、石炭価格の急騰に伴い、火力発電所の稼働を抑えたことで深刻な電力不足に陥った。中国と対立する豪州からの石炭輸入を禁じたことも価格高騰に拍車をかけた。
欧州では天然ガスのスポット価格が一時、昨年末の6倍に跳ね上がり、日本が電力・ガス市場の自由化のモデルとした英国では、価格急騰に耐えられずに経営破綻する電力・ガス小売会社が続出している。
日本も対岸の火事では済まない。わが国の家庭用電気料金は燃料価格の変動を料金に反映する仕組みだが、今年に入って発電用の石炭やLNGの上昇で料金も上がっている。東京電力の11月の平均的な家庭用料金は、7371円と4月に比べて1割以上も値上がりする。
ガソリンも値上がり傾向が顕著だ。石油情報センターによると、今月初旬のレギュラーガソリンの店頭価格は、全国平均で1リットル当たり160円と3年ぶりの高値を記録した。
脱炭素で資源開発縮小
世界で化石燃料の価格が一斉に高騰しているのは、需要の回復に加え、脱炭素の流れが影響している。原油やLNGなどの価格が上昇すれば、資源国は増産に動き、市況を冷やしてきた。だが、再生可能エネルギーの拡大など脱炭素の動きが広がる中で、資源国の行動にも変化が表れている。
石油輸出国機構(OPEC)と、ロシアなど非加盟の主要産油国で構成する「OPECプラス」は今月初旬、原油の追加増産を見送った。価格高騰で増産観測が強かったが、これが裏切られたことで米原油先物相場は一時、1バレル=78ドル台と7年ぶりの高値を記録した。
価格高騰が需要減につながる事態を警戒してきた産油国だが、世界的な脱炭素の流れで化石燃料の将来需要は先細りが避けられない。このため、最近の産油国は「足元の価格高止まりに腐心している」(大手石油元売り)という。
先進各国では脱炭素に向け、石炭などの資源開発から撤退する動きが相次いでいる。米国産シェールガスも、これだけLNG価格が上昇しても積極的な増産の動きは限定的だ。金融機関が開発資金を出さなくなっていることが響いている。
電力危機を受けて中国は、豪州産の石炭輸入を一部解禁したほか、LNGの大量調達も始めた。2060年までに温室ガスの排出ゼロを掲げる中国だが、エネルギー危機を乗り切るため、当面は化石燃料の調達拡大に動いている。
安定供給確立するには
資源輸入国の日本も警戒が欠かせない。政府は50年に温室ガス排出の実質ゼロを掲げるが、19年度の電源構成はLNGや石炭などの化石燃料を使う火力が7割以上を占めた。この現実を忘れ、足元の電力の安定供給を犠牲にするようなことがあれば、脱炭素も達成できない。
政府が近く閣議決定する第6次エネルギー基本計画では、主力電源を現在のLNG火力から再生エネに切り替える方針を打ち出す。脱炭素の実現に向けて日本の姿勢を示すものだ。だが、安定供給の確立には今後も一定の化石燃料を上手に使う必要がある。温室ガスを地中に貯留する技術開発などを含め、総合的なエネルギー戦略が問われている。(いい しげゆき)
筆者:井伊重之(産経新聞論説委員)
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2021年10月10日付産経新聞【日曜に書く】を転載しています