Hypoxic Training

A non-athlete is experiencing Hypoxic Training at the Abe Health Club (October 28, 2020)

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アスリートが行う低酸素の環境下でのトレーニングは、ある酸素濃度にすることで一般市民でも安全かつ効果的に実施できることが、熊本大学大学院先端科学研究部の山川俊貴准教授らの研究で明らかになった。研究では安全性を担保するための2つの生理指標を示した上で、それをリアルタイムで観察できるシステムを開発。実用化すれば、生活習慣病が問題となる日本でも、安全なトレーニングを通じて高齢者の健康寿命延伸などに寄与することが期待されている。研究論文はデジタル領域の学術論文を掲載する電子ジャーナル「Journal of Digital Life」(ジャーナル・オブ・デジタル・ライフ)で公開している。

 

 

意外と知られてない?平均寿命と健康寿命の“落差”

 

「長寿大国ニッポン」という言葉は、超高齢化社会を迎えた今の日本を表す言葉としてよく用いられる。日本の平均寿命と、健常者として日常生活が送れる期間を表す「健康寿命」の長さが世界でトップクラスなのは、今や多くの日本人が持っている認識といえるだろう。

 

ただ、ここには影の側面も存在する。厚生労働省の調査によると、2019年の平均寿命と健康寿命の差を表す「継続的な医療・介護に依存せざるを得ない生存期間」は、男性で約9年、女性で約12年にまで及んでおり、世界各国と比較しても決して短いとは言えない。これは、後期高齢者が健康で不自由のない生活を送ることの難しさを示唆すると同時に、それほど医療・介護に依存した生活を送る年配者が多いことを物語っている。

 

山川准教授らの論文によると、平均寿命と健康寿命の差が拡大することは、医療費などの社会保障費の増大につながるだけでなく、個人や家族の生活の質の低下を招くとされているという。加えて「日本人の死因の約60%が生活習慣病に起因する」との推定がされていることから、「生活習慣病の予防・改善による健康寿命の延伸は、日本にとって最も重要な課題の一つ」と位置づけている。

 

 

アスリートが行う「低酸素トレーニング」

 

このような状況の中、生活習慣病の予防・改善のための運動療法として注目されているのが「低酸素トレーニング」だ。これは、例えばジョギングのような軽い運動を行った際の効果を高めることが可能とされ、体重の重い肥満者や高齢者など身体的理由で激しい運動をすることが困難な人に有効とみられている。論文では、アスリートの競技能力向上を目的として、高地の環境を再現した低酸素室でのトレーニングが実施されているとの事例も紹介されている。

 

一般に普及すれば、激しい運動ができないお年寄りの健康問題解消の一助になりそうだが、非アスリートの低酸素トレーニングの運動負荷・安全性については、これまで十分に検証されていなかったという。そのため、非アスリートの低酸素トレーニングについて、安全かつ効果的に運動の効果を得られる酸素濃度の探索と、複数の生理指標をもとに運動負荷・安全性をリアルタイムに評価する手法を見出すために、健常者たちの実験をもとに検討が勧められた。

 

 

耳で測れるデバイスを開発

 

心血管疾患および呼吸器疾患の病歴がない健康な大学生20人を対象に実験を行い、酸素濃度16%と20%の2種類の低酸素室を用いた。被験者はまず、部屋に入って3分間着座し、運動テストを実行できるかどうかを判断した。その後、自走式トレッドミルで15分間歩行し、低酸素室の外に出た後、再び3分間座り体調に問題がないかを確認。なお、20人のうち半数は酸素濃度16%の部屋から20%の部屋の順で行い、残りの半数はその逆の順序で実施した。その後、実験中の「心拍数」や、血液中にどの程度の酸素が含まれているかを示す「経皮的動脈血酸素飽和度」などを測定した結果を分析した。

Experimental protocol (c) Sankei Digital
Values of heart rate (HR), arterial oxygen saturation (SpO2), velocity, distance, energy expenditure (EE), and exercise achievement rate (AR). (c) Sankei Digital

 

実験の結果、酸素濃度16%における低酸素トレーニングは、非アスリートでも有害事象なく安全に運動できることが確認された。また心拍数と経皮的動脈血酸素飽和度の2つは、低酸素トレーニングの運動負荷・安全性をリアルタイムに評価できる有効な生理指標であることも示された。

 

(a) Developed wearable pulse oximeter. (b) Wearing of the developed wearable pulse oximeter. (c) Screenshot of the dedicated smartphone application. (c) Sankei Digital

 

山川准教授らはこれらの結果をもとに、2つの生理指標を耳たぶから計測できるデバイスと、その計測データを解析する専用のスマートフォンアプリケーションを開発。今後は実用化に向け、精度検証などを行う必要性があるとした。

 

論文は、このシステムを実用化することで「低酸素トレーニングの運用コスト低下と普及に貢献できると考えられる」とし、「低酸素トレーニングの普及による生活習慣病の予防・改善とそれに伴う健康寿命の延伸に寄与できるだろう」と結んでいる。

 

論文の詳細はこちらから

 

筆者:齋藤顕(SankeiBiz編集部記者)

 

SankeiBizの記事を転載しています

 

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