シーズン56号となる右本塁打を放つヤクルト・村上宗隆
=10月3日神宮球場(斎藤浩一撮影)
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日本人にとって「55」は、半世紀以上も特別な数字であり続けた。22歳はその歴史に、終止符を打ってくれた。
プロ野球ヤクルトの村上宗隆が、10月3日の今季最終戦で日本選手の最多記録を更新する56号本塁打を放った。
打率、打点も首位で今季を終え、令和初、史上最年少での三冠王を達成した。圧巻の一語に尽きる活躍だった。心からの拍手を送る。
昭和41年に結成され、日本のお笑い界を席巻した「コント55号」は、王貞治さん(巨人)が39年のシーズンに放った日本選手最多記録の55本塁打に由来する。
5年目の村上が入団時からつける背番号「55」には、王さんの記録を超えてほしいという首脳陣の願いが込められていた。
60年にバース(阪神)が54号を放ち、残り2試合を巨人と戦った際は、9打席で6四球と勝負を避けられた。55号で並んだローズ(近鉄)とカブレラ(西武)も同様の光景が見られた。「55」はオールドファンにとって昔を懐かしむよすがである一方、「日本人のための記録」と批判の目で見られる数字でもあった。
村上にとっても「55」は心理的な壁だったようだ。55号を9月13日に放ってから、最終戦で56号を放つまでに61打席を要した。安打を放っても観客席からため息が漏れ、ニュース番組では、居酒屋のテレビ桟敷で落胆するファンの姿が報じられた。
村上は「優勝だったり、記録に挑むというプレッシャーはたくさんあった」という。日本中のファンが注視する異様な状況下で壁を乗り越え、記録を塗り替えた。最敬礼に値する快挙だ。
今季は、佐々木朗希(ロッテ)の完全試合を含む無安打無得点試合の達成投手が5人も出た。「投高打低のシーズン」と言われた中で、村上の打ち立てた打撃の記録は、色あせぬ金字塔として記憶され続けるに違いない。
王さんは「より大きなホームランを、よりたくさん打つということにチャレンジしてほしい」との談話を寄せた。届かなかったプロ野球記録の60本塁打に、来季以降も果敢に挑み続けてほしい。
10月8日から、日本シリーズ進出をかけたクライマックスシリーズが始まった。ペナントレースの熱を冷まさぬよう、全ての選手に胸躍る好勝負を期待する。
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2022年10月5日付産経新聞【主張】を転載しています