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新型コロナウイルス禍をはじめとする諸問題で閉塞(へいそく)感が漂う中、心が晴れる快事だった。日本人の可能性を世界に知らしめた一戦でもある。
サッカーの日本代表はワールドカップ(W杯)カタール大会で、優勝4度を誇る強豪ドイツに逆転勝利を飾った。
日本がW杯で優勝経験国に勝ったのは初めて。だがこれを金星や奇跡とは呼ぶまい。監督や選手らは勝利を信じて戦い、勝った。相手がドイツであれ、彼らに臆するところはなかった。
試合前の両者に象徴的なシーンがあった。W杯10得点のトーマス・ミュラーが遠藤航に握手を求めて歩み寄った。ミュラーが次に捜したのは鎌田大地の姿だった。
遠藤はドイツのプロリーグで1対1の競り合いに圧倒的な力をみせ、鎌田は欧州チャンピオンズリーグで3試合連続ゴールを決めるなど、今、ドイツで最も旬な点取り屋である。ドイツ戦で同点弾の堂安律も逆転ゴールの浅野拓磨もドイツのクラブで活躍中だ。
日本のサッカーはドイツ人のデットマール・クラマー氏の指導で1964年東京五輪で8強、68年メキシコ五輪で銅メダルを獲得して以降、ドイツは常に教師であり目標だった。
だが代表メンバー中8人がドイツでプレーする彼らにとって、ドイツ選手との競い合いは日常そのものなのだ。だから前半の劣勢を冷静に分析し、後半の逆転に結びつけることができたのだろう。
それも、Jリーグが若い才能を惜しげもなく海外へ送り出してきた成果である。国内の空洞化を懸念する声にも「代わりはいくらでも出てくる」と聞く耳を持たなかった。内向き志向に陥れば、この日の快挙もなかったろう。外に出よう。挑戦しよう。これをこの快事の教訓としたい。
同じドーハで29年前、選手として「悲劇」を味わった森保一監督は「歓喜」も一瞬、「一喜一憂しない」と静かに話した。選手らも口々に「まだ一つ勝っただけ」と言葉をそろえた。
クラマー氏の語録には、こんな教えもあった。
「試合終了の笛は、次の試合へのキックオフの笛である」
時代は変わり、ついにW杯本番でドイツを破る日が訪れても、ドイツの恩人の精神が生きている。そうしたところにも、このドラマの素晴らしさがある。
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2022年11月25日付産経新聞【主張】を転載しています