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2019年に放送開始40周年を迎えた機動戦士ガンダム。多くの作品に登場するモビルスーツの模型「ガンプラ」はいまや、欧米やアジア圏などを中心に世界共通語ともなっており、日本を代表するサブカルコンテンツの一つにまで成長した。人気の新型モデルが発売となればコレクターらにとっては垂涎の的となり、激しいガンプラ争奪戦が繰り広げられる。ネット上の転売サイトでは、価格が吊り上がり、店頭販売価格と転売価格の間の利ざやを稼ぐ「競取(せど)り」が横行。在庫や情報を聞きつけて、一気に商品を買い占め、メルカリなどのサイトで転売する悪質「セドラー」が暗躍している。6月11日に劇場公開された「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」をめぐっては、すでに全国のセドラーが動き出し、高価なもので4万円台で取引されているのも確認されており、新たな騒動の火種になる可能性がある。
ガンプラ争奪戦は、新型コロナウイルスによる巣ごもり需要でさらに過熱化。緊急事態宣言を受け、外出規制や店への休業要請がしかれる中で、今、セドラーとコレクターたちとの間でどのような攻防が行われているかを、学術研究者としての文化社会論的な視点から状況を追ってきた筆者が明らかにしたい。
ガンプラ市場については、各店舗では品不足が常態化している。大手量販店やショッピングサイト、問屋から注文が入っても、メーカーのバンダイスピリッツが工場を新設してもなお生産が追いつかず、市場のニーズに十分に応えることが出来ていない。市場規模は80年代に起こったガンプラブームをもはるかに超えてきている。
これまでも、限定品や希少品などを高額転売し、その差額で稼ぐ「転売ヤー」は数多く存在した。コロナ禍の巣ごもり需要で売り上げが飛躍的に伸びたガンプラは、多くの利ざやを稼げる注目株となり、転売ヤーがセドラーへと進化し、「イナゴの大群」のごとき、ガンプラ商品がある場所に集まり、節操なき買い占めを行っているのだ。
従来の転売ヤーが主にターゲットにしてきたのは、イベント限定品や初回限定品などの希少価値の高いガンプラであった。セドラーが転売ヤーと異なるのは、どこにガンプラがあるのかについてを把握する情報収集能力とネットワークを持っている点にある。
また、本来ガンダム作品やガンプラなどにほとんど関心を向けなかった主婦層や高齢者層、中高生にまで広く及んでいるのも一つの特徴である。主な情報源はインスタグラムやツイッターなどのSNSが中心だが、大手動画投稿サイトには、「ガンプラ競取り5つのコツ」といったようなHow to情報までが氾濫し、さらに情報共有されることで、このガンプラ競取りをより一層加速させている。
彼らのターゲットは、発売日に店頭に並ぶ新製品のみならず、再版品や、何年もほとんど動きのなかった商品(俗に「棚の守護神」と呼ばれる)にまでおよぶ。事前予約の段階から注文が殺到し、予約サイトがサーバーダウンするほどである。そして、発売日当日の早朝から、主に定価の2割引程度で販売される家電量販店やショッピングモールのガンプラ売り場には長蛇の列が出来る。そしてその日の午前中にはフリマサイト上で定価よりも平均2〜3割増の高値で販売され始める。この差額こそが悪質セドラーたちの利ざやとなるのである。
これに怒ったのが、欲しかったガンプラを手に入れることが出来なかった従来のファンやコレクター達である。以前の転売ヤーであれば、ここまでの規模とネットワークは持ち得なかった。そしてもちろん、彼らにとって目の上のたんこぶではあったものの、さすがにここまでの反感を買うことは少なかった。しかし、昨今の悪質セドラーたちは、コロナや3密などどこ吹く風と言わんばかりに押し寄せ、買い漁っていくのである。彼らが、SNS上で飛び交わせている「セドリ成功!ウマ〜」「本日もガンプラ大量GET!楽勝www」と言った競取り報告のやりとりの文言から、ガンダム作品やガンプラに対して微塵も愛情やこだわりが感じられない点も、反感を増大させている一因である。
しかし、ファンもただただ黙って指を咥えて見ていたわけではない。時に偽の競取り情報を流し、(ファンにとってはあまり)価値のないガンプラ購入へと誘導し、競取りの矛を向けさせた結果、それらのガンプラキットがフリマサイトやオークションで売りさばけず、在庫がだぶつくことで大損をさせる、といった仕返し事例も起きている。
新たな火種となっているのが、6月11日に劇場公開された劇場版『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』に登場するモビルスーツのガンプラである。既に予約開始時から、入手困難であり、主人公ハサウェイ・ノアの駆るΞ(クスィー)ガンダムとライバル機のガンダムペーネロペーの大型セット商品などは、かなりの高額商品(『HGUC 1/144 ΞガンダムVSペーネロペー ファンネル・ミサイル エフェクトセット』17,380円(税10%込)であったにもかかわらず、店頭で見られることすら極めて希な幻の商品ともなった。
緊急事態宣言を受け、公開が当初の5月7日より延期となったことも、需要の過熱ぶりに拍車をかけている。発売日以降の各種フリマサイトやオークションでどのようになったかという顛末は火を見るより明らかで、特に発売日直後では概ね2万円台前半〜高いものでは4万を超えるような、定価よりも大幅な高値で取り引きされた。
昔ながらの小売店や小規模問屋は店の売り上げの大きな役割を担うガンプラが、こうした悪質セドラーたちの暗躍が原因で、ほとんど入手できずに、閉店した店も多い。一方、一時休業した大手家電量販店やショッピングモールから流れてきたセドラーが、情報を聞きつけ、小さな小売店舗に3密などどこ吹く風で集まり、そうした現状にファンを辟易とさせている。
本来、プラモデルの本質は模型であり、また一種のコレクショントイの側面もある。それだけに、作る楽しみやコレクションする楽しみではなく、愛着や知識もない悪質セドラー達により交換価値のみが追求される状況は決して好ましいとは言えない。昨年のトイレットペーパーやマスクの買い占め騒動、高額転売事件は記憶に新しいが、これまでにもオイルショックの際のトイレットペーパーや、震災の際の水や物資の買い占めなど、我が国でも何度も繰り返されてきた現象ではある。直近の玩具市場に絞ってみてもNintendoDS、Wii、PS5等について同様の現象が起こっている。
これらのメジャーな玩具や生活必需品などと異なり、ことガンプラに関しては、ほんの一昔前まではマイノリティの趣味であったものが、ここ数年を境に一気にメジャーに躍り出た感がある。そこにセドラー達は目を付けたというわけである。そしてこれからも、彼らを取り巻くガンプラ市場は一層加熱していくと思われる。
今後もファンvsセドラーの骨肉の争いは続くだろうが、これが特殊な状況下における特異な現象なのか、それともある程度普遍的な現象であるのか?その顛末は今後も、レポートしていきたい。
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■立花晃(たちばな・あきら)
2021年より大和大社会学部社会学科准教授。龍谷大地域公共人材・政策開発リサーチセンター (LORC):嘱託研究員。創造都市論や社会芸術論に関する研究活動の傍ら、自らも金属工芸作家として、ジュエリーやオブジェ作品の製作を手がける。その他、まちづくり活動や都市政策策定プロセスなどにも参画している。