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深刻な出版不況に苦しんでいた街の書店が、コロナ禍の中で気を吐いている。全国の書店の市場規模が今年は4年ぶりに拡大へ転じるとの予測もあり、倒産件数も過去最少ペースで推移している。好調の背景には、社会現象になった「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」などコミックの人気に加え、外出自粛で在宅時間が増えたコロナ禍における行動の変化があるようだ。
「開店前に外で待つお客さんもいて、レジの前に長い列ができた。『密』を避けるために入場制限したこともある」。店の様子をそう振り返るのは東京・西荻窪の商店街にある「今野書店」の今野英治社長だ。
約300平方メートルの売り場に書籍や漫画、雑誌など約7万5千冊をそろえ、50年近く地元で親しまれてきた街の書店。感染が拡大し始めた3月以降はすべての月で売り上げが前年実績を上回っている。緊急事態宣言下で大型書店が軒並み臨時休業した4、5月は渋谷や品川方面から訪れる客もいて、それぞれ前年比35%増、同40%増と大幅に伸びた。今野さんは「在宅勤務が広がり、商店街の昼間の人通りが増えた。今まで足を運ばなかった地元在住の方々にも店を“発見”してもらえた」と話す。
1つの店に限った現象ではない。今野書店など全国の中小規模書店でつくる共同出資会社「NET21」の加盟店のなかには今春以降、多い月で前年比70~80%増の売り上げをたたき出した例もあるという。
民間調査会社の帝国データバンクによると、昨年の書店市場規模(事業者売上高ベース)は10年前の約8割の水準にとどまる1兆2186億円だった。だが今年は1兆2400億円超と4年ぶりに前年比増となる見込みだという。また11月までの書店の倒産件数は10件で、年間で過去最少(平成13年の15件)を下回る可能性が高い。
牽引(けんいん)役となったのがコミックだ。出版取次大手の日本出版販売(日販)の書店店頭売り上げ調査で、コミックは11月まで14カ月連続で前年実績を上回った。累計1億部を超え、映画も大ヒットしている「鬼滅の刃」で書店限定の購入特典を求めて足を運んでくる人も多いといい、日販の広報担当者は「人気がほかのコミックの売り上げ増にも波及している」と話す。その上で「児童書やビジネス書なども好調。コロナの影響で多くのイベントが中止となるなか、自宅にいて手軽に楽しめる本の価値が再認識された」とみる。
ただ書店の立地によって明暗は分かれている。日販によると、地方や郊外の路面店が好調な一方、駅ナカの店舗も含む「駅前書店」は苦戦が目立つ。出版科学研究所の久保雅暖研究員は「在宅勤務の増加と旅行需要の減少で、東京駅などでは人の流れが大きく変わった。人出が減ったオフィス街やターミナル駅周辺の書店は厳しい」と指摘する。
紙の本や雑誌離れ、ネット書店の台頭もあり、国内の書店数は20年前の半分ほどにまで減少した。電子書籍市場も拡大が続き、頼みの「鬼滅の刃」も12月発売の23巻ですでに完結した。
帝国データバンク情報統括課の飯島大介さんは「今年の好調は『鬼滅の刃』の人気と、巣ごもり生活での購買行動がうまく重なった結果。来年以降、大きなヒット作が出なければまた厳しい状況になりかねない」と分析する。
筆者:海老沢類(産経新聞)