CO2 and Global Warming Hurricane 002

Hurricane Laura, August 2020

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温暖化が地球規模の関心事になっている。国連のグテレス事務総長も人類の未来はないと言わんばかりの強い警告を発し続ける。日本政府も欧州諸国に倣って2050年の温室効果ガス(GHG)排出実質ゼロを表明した。米国も「パリ協定」に復帰して脱炭素の動きは一段と勢いを増している。ガソリン車などが悪の根源として粛清されそうな雲行きは不穏なエネルギー革命前夜を思わせる。

 

科学の歴史を顧みると主流の説に異論を唱えにくい状況が最も危うい。20世紀のソ連で信奉された「ルイセンコ理論」の不条理が思い起こされる。

 

Acedemician Trofim Lysenko, who was elected vice-chairman of the soviet of the union during the first session of the supreme soviet of the ussr in 1938. (Photo by: Sovfoto/Universal Images Group via Getty Images)

 

抹殺された異論

 

トロフィム・ルイセンコ(1898~1976年)はソ連の農学系生物学者だった。個体が身につけた形質は子孫に伝わるという獲得形質の遺伝学説を小麦の育種に導入することで農業生産を飛躍的に向上させられると主張した。

 

当時、遺伝子DNAの構造は解明前夜。ルイセンコは「遺伝的性質は環境との相互作用で変化する」と唱え、メンデル系の正統理論を「資本主義に毒されたブルジョア遺伝学」として排斥した。

 

ルイセンコの特異な遺伝理論が時の独裁者・スターリンの支持を受け、一世を風靡(ふうび)する中でソ連の生物学者の間から疑問の声は聞こえなかった。批判者は逮捕され、刑務所送りとなっていたからだ。疑問どころかルイセンコ理論を援用した科学論文も出始める。

 

ルイセンコの理論を実践した集団農場では小麦の生産が伸びた。効果を問われるアンケートに否定的な数字は書けないからだ。従来農法との比較実験では好条件の農地が充てられた。

 

ルイセンコは1930年代の半ばからソ連の農学と生物学界を支配し、65年までソ連科学アカデミー遺伝学研究所長のポストにあった。

 

ルイセンコが提唱した小麦の育種法は秋小麦の種子に低温を経験させると春小麦に変わるというものだった。現代の科学に照らせば、そこに遺伝メカニズムの関与はないのだが、低温処理の効果によって麦は穂を出し結実した。

 

だが、農業で展開するには要する労力など短所が大きすぎ、増産とは逆行するものだった。しかし、事実を報告すれば理論の学習不足とされたのだ。

 

ルイセンコ理論は次のフルシチョフ政権下も生き延びた。戦後日本の生物学界にも影響を及ぼしたが、53年に米国のワトソンらによってDNAの構造が解明されるに及んで求心力を失っていったのだ。

 

 

研究の全体主義

 

現代の地球温暖化問題の姿がルイセンコハザードと二重写しになるのが気がかりだ。

 

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が約5年ごとに発表する報告書は、二酸化炭素(CO2)などのGHGによって地球の温暖化と危機が進んでいると警告を繰り返す。「かけがえのない地球を救え」の呼び掛けは、絶大な訴求力を持っている。

 

情緒先行の右へ倣えの状況が危ういのだ。地球の気温が大小の規模の自然変動を続けていることを忘れてはならない。近いところでは1400年ごろから寒冷期に入っていたが、1800年ごろから回復に転じ、現代はその途上にある。

 

だから地球の平均気温はゆるやかに昇温中。その変化は100年間に0・7度ほどのペースだが、IPCCなどはこれをCO2のせいだと決めつける。

 

しかし、大気中のCO2が増え始めたのは第二次大戦後のことだ。にもかかわらず、気温の上昇はその前から起きている。この一点だけでもCO2原因論には無理があろう。

 

CO2が地球を温めるのは事実だが、その影響は小さく、昇温の大部分は自然変動によるものと考える研究者は少なくない。

 

だが、CO2温暖化脅威論は、国連とIPCCの権威とスーパーコンピューターの温暖化シミュレーションを後ろ盾として現代社会に君臨する。

 

反論する研究者には異端のレッテルが貼られ、研究費も枯渇してしまう。論文も受理されにくく、若手の場合はポストも遠ざかる。結果として科学界はCO2温暖化脅威論一色になる。「ルイセンコ効果」そのものだろう。

 

今や「脱炭素」が世界の産業と経済と政治を動かすキーワードだ。

 

CO2の排出削減は気温抑制につながりにくいはずである。この本質を理解しないまま、削減交渉に乗り出せば、したたかな国際政治経済の覇権闘争に翻弄され、莫大(ばくだい)な国富の浪費と徒労に終わる。

 

気温の自然変動や都市化に伴う洪水、土砂災害、ヒートアイランド現象など気象災害の防止の適応策に国家予算の振り分けを優先するのが賢明な選択だ。

 

政治にも科学にも多角的な視点が求められる。それを欠いたソ連の農業は極度に疲弊した。その後に連邦崩壊の運命が待っていたのは歴史の知るところだ。

 

筆者:長辻象平(産経新聞)

 

 

2021年3月3日付産経新聞【ソロモンの頭巾】を転載しています

 

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