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海外でも高い人気を誇る「ジャパニーズウイスキー」が今年100周年を迎えた。日本初の本格ウイスキーを手掛けたサントリーのみならず、酒類大手各社にとっても節目の年だ。昨年の国産ウイスキー輸出額は約560億円と農産品分野では2番目の高水準だったが、急激な需要増に対応できず高額商品を中心に品薄状態が続く。各社は事業戦略を見直し、大型投資で販路拡大を目指している。
「次の100年も愚直にやっていく」。サントリーの鳥井信宏社長は2月の記者会見で、ウイスキー事業への熱意をこう表現した。
令和5年は、同社が山崎蒸留所(大阪府島本町)の建設に着手してから100年。品質向上や需要創造を目的に、計100億円規模を投じて山崎と白州蒸留所(山梨県北杜市)を改修する。山崎では蒸留窯を加熱する際、炎を直接当てる従来のやり方に加えて電気でも加熱できるようにし、多様な蒸留方法を研究する。
これとは別に滋賀県で100億円規模を投じて貯蔵庫1棟を新設し、現在は約180万樽(たる)の貯蔵量を1割超拡大する計画を進める。
一方、キリンビールでも富士御殿場蒸留所(静岡県御殿場市)の稼働から今年で50年。市場を牽引(けんいん)するサントリーとアサヒグループホールディングス傘下のニッカウヰスキーに比べて販売規模は小さいが、海外向けを中心に強化することで中核事業に育てる考えだ。
キリンビールの堀口英樹社長は今月13日の会見で「国産ウイスキーを成長エンジンとして磨きをかける」と強調。高級路線の「富士」の売り上げを令和12年までに昨年比7倍以上まで拡大する目標を掲げ、既に注力してきた米中など5カ国に加え欧州での販路拡大も目指す。3年には富士御殿場蒸留所で約80億円をかけ貯蔵量増強や製造設備の新規導入を図っており、追撃態勢を整える。
また、ニッカウヰスキーも来年の創業90周年に向けて販促を強化する。昨年9月には本店所在地を昭和27年以来、70年ぶりに北海道余市町にある余市蒸留所に移転し、原点回帰を図る。
ジャパニーズウイスキーが品薄になった背景には、需給バランスの難しさがある。ウイスキーの国内需要は、バブル景気に向かう昭和58年をピークに20年以上も低迷が続き、各社は原酒の生産量抑制を迫られた。
だが、サントリーが平成20年にウイスキーを炭酸で割って飲むハイボールを提案すると人気に火が付き、海外では繊細な味わいが品評会で評価されるなど世界的に注目され始めた。ウイスキーは製造工程で数年~数十年も熟成させるため、ハイボール流行前と比べて出荷が2倍以上に伸びると対応が難しくなってきた。
海外人気を象徴するのが競売価格の高騰だ。昨年、サントリーの「山崎55年」は米国で約8100万円で落札された。埼玉県の蒸留所で製造された高級ウイスキー「イチローズモルト」のセットは2019(令和元)年、香港の競売で約1億円の高値がついている。
新型コロナウイルス禍の渡航制限が緩和されたことで、訪日外国人旅行客が本国では入手困難なジャパニーズウイスキーをお土産に選ぶケースも増えている。
国税庁によると、ウイスキーの輸出額は平成26年に58億円だったが、年々増加し、昨年は約10倍まで伸長した。全酒類の中でも輸出額はトップだ。農林水産省による農産品輸出の重点品目にも指定されており、官民を挙げて国産ウイスキーの輸出強化を進めている。
市場縮小が続く「冬の時代」を乗り越え、ようやく花開いたジャパニーズウイスキー。とはいえ、安定供給を目指し大型投資に踏み切っても、原酒を出荷できるまでに数年単位の時間がかかり、すぐには品薄状態の解消に結びつかない。在庫管理のため出荷数量の調整を余儀なくされれば、せっかく戻ってきた消費者が離れていく懸念すらある。
このため、当面求められるのは、原酒を確保しつつも消費者をつなぎとめるという微妙なさじ加減だ。各社は単一蒸留所の原酒のみで造る貴重なシングルモルトを期間・数量限定で販売するなど話題集めを工夫しながら、国産ウイスキーの魅力をアピールし続けることで、消費者との接点を維持しようと苦心している。
筆者:飯嶋彩希(産経新聞)