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東京電力ホールディングスが、柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)の再稼働に向けた準備を加速している。燃料費の高騰が続く中、業績と電力供給を安定させるには、原発の再稼働が欠かせない。脱炭素社会を目指す国のエネルギー政策にとっても重要な意味を持つ。ただ、今年動かすはずだった柏崎刈羽はテロ対策の不備のため運転を禁じられ、その道筋は見通せないままだ。
「おはようございます。〇〇です」。氏名を名乗り、IDカードを顔の真横に掲示する。警備員から承認を受けると、次は生体認証のゲートに向かう。
柏崎刈羽は世界最大の出力を誇り、東京ドーム90個分の敷地では5千人超が働く。テロ抑止のため、出入りの際は何重ものチェックを受ける。手間がかかるが、現場には「自らを証明する責任を果たす」との考え方が浸透してきているという。
6、7号機は再稼働に向けた原子力規制委員会の審査に合格したものの、令和3年にテロ対策の不備が相次いで見つかり、事実上の運転禁止命令を出された。追加検査は今も続く。
東電は今期、電気料金値上げにより最終黒字転換を見込む。ただ、それは7号機の10月の再稼働を前提としたものだ。火力発電のコストは上昇しており、再値上げしなければ再び赤字転落もしかねない。このままでは首都圏への電力供給体制も万全とはいえない。
再稼働に向け、東電が重視するのがソフト面の取り組みだ。6、7号機で運転経験のある作業員は半分程度に低下。シミュレーターを使った事故時の対応訓練や稼働中の火力発電所見学など教育を強化している。
所内のコミュニケーションも活発化している。稲垣武之所長は昨年8月以降、地域活動などに熱心な作業員に対し、感謝を伝える直筆のメッセージカードを贈り続けている。受け取った人は延べ3千人を超えた。
「私自身が納得するまでは再稼働の『さ』の字は言わない」。稲垣氏はこう強調する。現場の行動や意識が完全に変わるまでこうした活動を続ける覚悟だという。
東電の経営に追い打ちをかけるのが、福島第1原発の処理水放出に対する中国の反発だ。中国に輸出されていたホタテやナマコの多くが行き場を失い、漁業者らへの賠償費用が想定外にかさむ恐れが出ている。
原発が1基動くと約1200億円の収支改善につながる。賠償費用を確保する上でも原発の再稼働は欠かせない。
筆者:米沢文(産経新聞)