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北朝鮮の金正恩委員長が韓国を初めて「大韓民国」という正式国号で呼んだ。北朝鮮は韓国のことを米国の植民地だと位置づけ、国として認めていないので、これまでは「南朝鮮」と呼んできた。だから、その意図を巡りさまざまな解釈が出ている。
住民に広がる戸惑い
金委員長は8月28日に海軍の司令部を訪れて演説し、「米国と日本、『大韓民国』のごろつきの頭目らが集まり、合同軍事演習を定例化することを公表して実行に着手した」と演説した。30日には軍総参謀部で韓国攻撃を想定した全軍指揮訓練を指導したが、そこでもやはり「大韓民国」という国号で呼んだ。
この2回の発言について、北朝鮮国営・朝鮮中央通信や朝鮮労働党機関紙・労働新聞など活字媒体はカッコ付きで報じたが、朝鮮中央テレビでは「いわゆる」などという前置き無しでアナウンサーが金委員長の言葉としてそのまま伝えた。
すでに7月に金委員長の妹で事実上権力ナンバー2の金与正党副部長が談話で複数回、大韓民国と呼んでいたが、北朝鮮国内では報じられていなかった。今回は金委員長の発言であり、それがテレビ放映されたので、北朝鮮国内でも関心が集まっている。
米政府系の自由アジア放送は9月1日、次のような内部住民の声を伝えた。
- 「南朝鮮は米国の植民地だと非難していたのに、突然、大韓民国という敬意を込めた言葉を使うのだから理解できない。南朝鮮が豊かな暮らしをしているから、最高尊厳(金委員長)も大韓民国と呼ぶのか」
- 「最高尊厳が大韓民国と呼ぶのだから、韓国が強いことは強いらしい」
- 「数十年間、当局が南朝鮮を非難する時、米国のかかし、南朝鮮傀儡一味と言ってきたのに、今回、大韓民国と国家名称をきちんと呼ぶのは南朝鮮の軍事力に押されていることを認めたのではないか」
- 「南朝鮮がいまや経済大国なので、体制競争では勝てないから連邦制統一に行こうとしているのか」
永久分断の意識植え付け
私の知り合いの脱北者人権活動家は、海外に駐在している北朝鮮外交官から次のような話を聞いたという。
「南朝鮮を大韓民国と呼んだことについて我々もたいへん衝撃を受けている。その理由について、第一に南朝鮮の情報が著しくたくさん知られてしまい、これ以上、正式名称を隠す必要がなくなったこと、第二に(北朝鮮の)内部で南朝鮮に対する幻想が満ちあふれ、南主導の吸収統一の危険が大きくなり、永久分断という考えを植え付けるためそのような表現を使った」
北朝鮮では餓死者が多数出るほど経済が困窮しており、韓国の巨大な経済力に圧倒されているなか、韓国で尹錫悦政権が生まれ日米韓の軍事協力が強化され、金正恩政権はこのままでは吸収統一されかねないという危機感を高めているのだと思われる。
筆者:西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学特任教授)
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国家基本問題研究所(JINF)「今週の直言」第1068回(2023年9月4日)を転載しています