新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、対局が2カ月停止した令和2年の囲碁界では、史上最年少三冠と新聞記者タイトルホルダーが誕生した。迎えた3年は史上初の中学生タイトル保持者が生まれるか注目される。
11歳にして老獪
国際棋戦での優勝を目指し、将来有望な小学生をプロにする日本棋院の英才特別採用推薦棋士。その英才枠第1号で平成31年4月に入段した仲邑菫初段(11)は1年目、17勝7敗と同期13人の中で最多勝・最高勝率を残すと、2年目は21勝17敗で終えた。10月には女流棋聖戦の本戦で同期入段の上野梨紗初段との囲碁界最年少対局(2人の年齢を足して25歳10カ月)を制した。予選を勝ち抜くなどした棋士による本戦に登場3度目での白星は、すべての囲碁棋戦の本戦で最年少勝利記録(11歳7カ月)でもあった。
仲邑の強さの要因に、対局経験がある青木喜久代八段は「勝負勘のよさ」をあげる。女流棋聖戦2回戦では終始優位だった青木八段が勝利したが「“ここはチャンスだ”と感じたときの攻め方、踏み込み方は力強かった。勝負どころのポイントは、誰もがつかめているわけではないのに」と振り返る。
青木は女流名人5期などタイトル獲得11期の第一人者で、女性では4人しかいない「八段」。仲邑が勝利した棋譜を見ても驚きがあるようで「リードしていたら安心して好きなように打ちがちだが、仲邑さんは“こう打てば逃げ切って勝てる”という終局までの道が見えているよう。藤沢里菜女流本因坊は優位な状況から冷静に間違えず打てるタイプだが、仲邑さんがあの若さでそのすべを身に着けていると思うと、末恐ろしい」と、その老獪(ろうかい)さに舌を巻く。
順調に結果を出し続ける仲邑の視界に入るのは、3年目でのタイトル戦挑戦だ。仲邑自身も入段時に「中学生でタイトルを取りたい」と目標を掲げ、元年夏には「3年以内にタイトルを取る」と口にしている。ただ、厚い壁となって立ちはだかるのが、トップクラスを占める強豪勢だ。
2年に5つ実施された女流タイトル戦のうち、前年の覇者と続けて2~5局打つ挑戦手合(女流本因坊戦など)と、一発勝負のトーナメント大会(扇興杯女流最強戦など)決勝に進んだのは鈴木歩女流棋聖と藤沢、上野愛咲美扇興杯に謝依旻六段だけ。
「この組み合わせは決着したのでは?」と囲碁ファンでも間違うほど、常連の対局が続く。4人とも平成30年までにタイトル獲得経験があり、同年の扇興杯女流最強戦を制した万波奈穂四段を最後に“新顔”の挑戦はない。仲邑には万波以来となる挑戦者名乗りが期待される。
東京移籍の吉凶は?
日本棋院関西総本部所属の仲邑は、3年から東京本院に移籍する。
「強い棋士やライバルがたくさんいる東京で頑張りたいと思いました。少しでも実力をつけられるように努力していきたいです」と話す。仲邑のように実績が乏しい棋士は、各棋戦予選の下位から対局を始める。その場合、東京所属と、それ以外(関西総本部、中部総本部、別組織の関西棋院)所属内で組み合わされるため、仲邑は西日本組約30人の女流棋士とほぼひと通り対局した。東京移籍は、新たな好敵手を求めての“道場破り”だ。約50人の東京組は、人数もさることながら「(先に列挙した)タイトル保持者もいて、レベルが高いのでは」(東京所属の女流棋士)とされ、これまでのように勝ち星を重ねることが難しくなる可能性も指摘される。
それでも、平成18年に17歳1カ月で女流タイトルを獲得した謝と、それを塗り替える15歳9カ月で26年に優勝した藤沢が、「自分が菫さんと同じ年齢のときに比べて、はるかに強い」と声をそろえており、中学生での史上最年少タイトル獲得も絵空事ではない。
新星あらわる
男女、年齢の区別なく全員が参加できる七大タイトル戦は2年に、芝野虎丸十段が史上10人目の3冠(名人と王座をあわせ)を最年少(20歳7カ月)・最速(入段5年9カ月)で達成した。さらに一力遼二冠がプロ10年目で初の七大タイトルである碁聖を獲得すると、天元戦では6度目の挑戦で井山裕太棋聖を破った。
2年春に早稲田大学を卒業した数少ない学士棋士の一力は、河北新報(仙台市)に入社した記者棋士でもある。「年間で50勝することができ、タイトルも2つ獲得でき充実した1年だった」と振り返り、「国際棋戦でも結果を出し、さらに上のレベルにいければ」と3年の目標を口にする。
女流棋戦同様、七大タイトル戦も挑戦手合進出メンバーが固まっている。2年の場合、井山と芝野が4回、一力が2回、河野臨九段と羽根直樹九段、村川大介九段、許家元八段が1回ずつの計7人。いずれもタイトル獲得経験がある実力者だ。
「強くて勢いのある若手はいる」と話す井山三冠の頭にあると思われるのは大西竜平七段だ。プロ6年目の20歳は2年に、8人で争う本因坊戦リーグ入りを果たした。平成28年には歴代最年少(16歳6カ月)で新人王戦に優勝。十段戦では第57、58期でベスト4入りするなど、各棋戦で活躍している。芝野と同学年で同期入段の大西が、三強時代をかきまわす存在になるかもしれない。
筆者:伊藤洋一(産経新聞文化部)