~~
海に住む軟体動物の「ウミウシ」の仲間が、頭部と体を自ら切断する「自切(じせつ)」をした後、頭部だけから心臓を含めた体全体を再生させる現象を奈良女子大学(奈良市)の研究グループが発見した。現象を初確認したのは同大大学院人間文化総合科学研究科の三藤清香(みとう・さやか)さん(25)。熱心なウミウシへの観察眼が発見へとつながった。
「最も大規模な再生」
「自切」の現象は、両生類やトカゲ類、節足動物などでみられる。敵から逃げるため、トカゲが自分で尻尾を切る「トカゲの尻尾切り」が有名で、体を切断されても頭や尾が生えるプラナリアの再生も知られる。
だが、三藤さんによると、今回のウミウシのように、複雑な構造を持つ動物が心臓を含めた体の大部分を自ら切り落とし、再生するという発見事例はこれまで確認されていなかったという。
三藤さんの指導教官である同大理学部の遊佐陽一教授(55)は、「知られている限り最も大規模な自切と再生だ」と指摘する。
3週間で完全な形に
三藤さんが今回の自切を発見したのは平成30年8月。研究室で生態研究のため飼育していたウミウシの一種、コノハミドリガイの頭と体部分が完全に分離しているのをたまたま見つけた。
その後、体部分は最長3、4カ月生存したが再生はしなかった一方、頭部分には心臓と体ができ、全身が再生した。「まさか再生するとは思わず、本当に驚いた」と三藤さん。
詳しく調べるため観察を続けた。すると、研究室で飼育していた15個体のうち5体と野外で採集した1体で自切の現象がみられた。うち、一部で頭部分から再生が始まり、約3週間で体も含めてほぼ完全な形となることを確認した。
メカニズム解明へ
さらに、別のウミウシの一種「クロミドリガイ」でも、3体の自切を確認。うち2体が再生した。いずれも甲殻類のカイアシ類に寄生されていた。寄生されると産卵が抑制されるといい、捕食から逃れるためではなく、寄生種を排除するため自切をしたのではないかと考えられるという。
また、今回の2種は、海藻から葉緑体を取り込み、光合成をすることができるため、三藤さんは「頭部だけでも光があればエネルギーを獲得できることが関係しているのでは」と推測する。
ウミウシの自切・再生のメカニズムが解明できれば将来、再生医療などに応用できる可能性があるといい、今後ほかの同種生物も使って調べる方針だ。
「癒やされる」存在
三藤さんがウミウシに興味を持ち、遊佐教授の研究室の門をたたいたのは学部生のとき。卒業論文ではウミウシを飼育して繁殖させる「継代飼育」をテーマに研究した。謎めいた生態もさることながら、「見た目がかわいく、癒やされる」と三藤さん。ウミウシへの愛情は増すばかりだという。
そんな三藤さんのウミウシ愛を表すエピソードは研究場面でも。糸で絞めて自切するか試してみようと遊佐教授が提案したときは、死んでしまうかもしれないと「絶対嫌です」と拒否。譲らない三藤さんの代わりに、初めは遊佐教授が実験したという。
遊佐教授は「地道に観察を続けた根気強さが今回の発見につながった」と話す。
今回の自切と再生の発見をまとめた論文は、米科学誌「カレント・バイオロジー」に3月に掲載された。「海外からも反響があった。研究に興味を持ってもらえてうれしい」と喜ぶ三藤さん。生態の解明をさらに極めようと、日夜研究に打ち込んでいる。
筆者:前原彩希(産経新聞)