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大学スポーツの試合をテレビなどで視聴するとき、実況と解説の有無がチームに対して抱く“チーム愛”や、大学への愛校心といった感情に影響する可能性があることがわかった。鹿屋体育大学の棟田雅也助教、同大の北村尚浩教授、同大スポーツアドミニストレーターの川前真一氏、南日本放送の松木圭介氏らの研究チームが発表した。この研究に関する論文はデジタル領域を中心に学術論文を広く掲載する電子ジャーナル「Journal of Digital Life」(ジャーナル・オブ・デジタル・ライフ)で公開されている。

 

1936年ベルリン五輪 前畑秀子が日本女子初の金メダル

 

「前畑ガンバレ、ガンバレ」「勝った勝った勝った!」

 

1936年、ベルリンオリンピック女子200メートル平泳ぎで優勝して日本人女性初の金メダルに輝いた前畑秀子さんのレースを、NHKのアナウンサー・河西三省さんは熱を込めて実況した。同局のサイトによるとラスト50メートルで「ガンバレ!」を23回、「勝った!」を12回連呼。ラジオで聞いた国民を興奮させた。

 

ベルリン大会当時はラジオ中継が主流で、試験的に実施されたテレビ中継は一部にとどまった。衛星中継でテレビ放送が行われるようになったのは64年の東京大会からだ。近年はインターネットを利用して、場所を選ばずにスマートフォンで観戦できるようになった。情報通信技術(ICT)の発達とともに視聴環境は大きく変わったが、白熱した試合を伝える実況者の役割は変わっていない。

 

テレビやスマホなどで視聴する「メディア観戦」には、解説者から詳しい情報を得られて、選手の表情をアップで見られるなどのメリットがある。だが、棟田氏らの研究チームは先行研究をもとに「送り手が意図的に映し出すものを観戦しているにすぎない」と指摘。主観的な視点でのコメントに左右されてゲームを理解する可能性もあるとした。別の先行研究では、メディア視聴されるスポーツにおいて、解説が国民感情に重要な役割を果たすことが示されたという。

 

そこで棟田氏らは、プロスポーツに比べて研究されることが少なかった大学スポーツに焦点を当ててメディア観戦の研究を実施。実験には「A大学」に所属する115人の学生が参加した。このうち58人は2021年9月26日に行われたA大硬式野球部の試合の録画動画を「解説あり」で視聴した。57人は同じ試合を「解説なし」で視聴した。

 

この試合でA大野球部は最終回に逆転されて負けたが、参加者はオンライン・オフラインを問わず、実験より前にこの試合を見たことがなかった。また、実況を担当したのはプロのアナウンサーで解説を行ったのはA大の学生だった。

 

動画の視聴の前後には、A大野球部とA大学について聞くインターネット調査が行われた。研究チームは、個人が感じる組織との一体感や、集団への帰属意識などを示す「アイデンティフィケーション(ID)」という考え方をもとに調査結果を分析。メディア観戦と実況解説の有無が野球部に対して感じる「スポーツチームID」と、大学への「大学ID」に与える影響をまとめた。

 

スポーツチームIDを調べると、組織への愛着などを表す「心理的結びつき」、組織の活動が自身の生活に与える影響度を示す「依存意識」、組織に関連した行動が促される「行動的関与」、組織に対する知識や理解度を指す「認知・気づき」の4要因が、視聴後に「実況あり」と「実況なし」の両方のグループで有意に上昇したことが明らかになった。

 

大学スポーツチームIDの二要因分散分析

 

このことから研究チームは、移動や入場料金などのコストをかけて試合を直接観戦しなくても、動画で観戦することによってスポーツチームIDが向上する可能性があるとした。実験参加者らのほとんどが部活動に所属しているため、野球部と自己を重ね合わせる「同一化」の心理になったことも影響したと推測している。

 

組織が周囲から受ける評価に対する認識「公的評価」においては、「解説あり」のグループでスポーツチームIDが上昇したが、「解説なし」のグループでは下降した。棟田氏は「試合の内容によってはチームの公的評価が下がる恐れがあるが、実況解説でチームに関するポジティブな情報を視聴者に与えると、その失敗を回避できるかもしれない」と述べて、実況解説が視聴者の感情と認識をコントロールする可能性を示唆した。

 

大学IDを分析したところ、両方のグループで「認知・気づき」の数値が視聴後に低下した。「解説あり」のグループは微減にとどまったが、「解説なし」のグループは大きく下がった。実況解説がネガティブな反応を低減させたと考えられるという。

 

大学IDの二要因分散分析

 

「認知・気づき」が低下した理由について研究チームは、実況解説によって参加者らが大学に関する知識を得て、思った以上に知らないことが多いことに気づかされたためではないかと推測。自省の念が数値の低下につながったという見方を示した。

 

もう一つの理由として、負けという結果が影響した可能性を指摘した。人間は、評価の低い個人・集団と結びつきがないことを強調して自己の評価を守る「CORFing(コーフィング)」という方策をとることがある。海外の先行研究で、応援するチームが負けてもファンはチームとの結びつきを弱めないと明らかにされたが、今回の実験では「視聴者が所属する大学のチーム」が最終回に逆転されて惜敗したため、コーフィングの影響で「認知・気づき」が低下したと考えられるという。

 

また、「解説あり」のグループでは「公的評価」の数値が上昇したが「解説なし」のグループでは下降した。この試合の実況と解説はA大に偏ったワンサイドの内容であり、「解説あり」のグループは自身と大学のつながりが強まったため「A大学は社会から良いイメージを持たれている」と認識するようになったとみられる。こうした心理の変化は、大学の広報活動に活用できる見込みだという。

 

メディア観戦と実況解説が認識や感情に影響するという結果を受けて研究チームは、この成果が「大学スポーツのポジティブな口コミ情報の増加」などにつながると述べた。大学スポーツを統括する「大学スポーツ協会(UNIVAS=ユニバス)」が19年に設立されて、ICT技術の進化などの要因が重なったことで大学スポーツのメディア視聴者が増加するなか、大学スポーツビジネスの拡大に貢献したいとしている。

 

筆者:野間健利(産経デジタル)

 

 

2023年6月12日産経デジタルiza【From Digital Life】を転載しています

 

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