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戦禍から再び舞台へ―。ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナから神戸市に避難した世界的なバレリーナ、ドブリャンスカ・オレナさんが25日、ザ・シンフォニーホール(大阪市北区)で開かれたウクライナ支援のコンサートにソロ出演した。侵攻から4カ月が過ぎ、事態が長期化する中、祖国への思いを胸に舞いを披露。「忘れられない一日になった」。鳴りやまない拍手の中心でこみ上げる喜びをかみしめた。
「ウクライナにいる家族や仲間、そして見てくれる多くの人を勇気づけたい」
純白の衣装と祖国から持参した頭飾りを着けて舞台に臨んだ。演目は「瀕死(ひんし)の白鳥」。しなやかに伸びる腕、小刻みにステップを刻む足先、凜とした背中…。死という運命の中でも優雅に、気高さを失わず生き抜こうとする白鳥を表現した。
ウクライナ南部の港湾都市・オデッサを拠点とする国立オデッサオペラ劇場のバレエ団で、最高位のプリンシパルを務め、世界を舞台に活躍。コメディアンだった夫と長女、両親らの家族6人で幸せに暮らしていた。
「戦争は私の人生を変えてしまった」。軍事侵攻の爆撃音やサイレンが迫る中、一人娘のオレクサンドラちゃん(8)を守るため、兵士となった夫や両親らを残して3月上旬に出国。欧州を転々とする中で、娘は「パパに会いたい。いつ帰れるの」と何度も涙した。
かつて同じバレエ団に所属し、来日を呼び掛けてくれた神戸市でバレエ講師をするコズロヴァ・ユリヤさんを頼り4月中旬、関西国際空港に降り立った。「もう大丈夫」。ユリヤさんの言葉に、涙がにじんだ。
神戸市の市営住宅に落ち着いたが、言葉もわからない異国で夫らの身を案じる日々。「毎日泣いていた。今でも時々、思い出すと涙が出てしまう」と明かすが、5月に入ると生活にも慣れ始め、娘も公立小学校に編入した。娘に友達もでき、授業で習ったリコーダー演奏がお気に入りの様子に「少し安心した」という。自身も、ともに同市に身を寄せるバレエ団の仲間と練習を再開した。
今回の出演は、ウクライナのオーケストラでも指揮を務めた音楽家、守山俊吾さん(80)=兵庫県川西市=の呼び掛けがきっかけ。「舞台に立ちたい」と迷いはなかった。毎日テレビ電話で連絡を取る夫に報告すると喜んでくれた。
「がんばって」。この日も公演前に夫と母から応援を受け、会場にはオレクサンドラちゃんも駆けつけた。3分間の舞台に全てを出し切り、「ママ、とてもきれいだったよ」と笑顔を見せた娘とともに、カーテンコールに応えた。「ウクライナのことは一日も忘れたことはない。でも、今日来てくれた一人一人に感謝したい」
8月下旬にはバレエ団の仲間と独自公演を開くつもりだ。「長いトンネルの先にも光が見えるように、どんなに大変な時でも望みがあるはず」。戦禍の祖国と愛する人を思いつつ、前を見据えた。
筆者:渡辺恭晃、写真も