Zelensky Address

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ウクライナ問題で得たことは、この国の指導者、ゼレンスキー大統領が興亡を懸けた戦いで、外交・軍事のあらゆる選択肢を駆使して大国ロシアと渡り合っている、当世第一級の政治家であることが証明されたことだ。

 

 

ウクライナに応えられるか

 

3月23日に日本の国会で行われたオンライン演説で彼は「アジアで初めてロシアに対する圧力をかけたのが日本だ」と述べた。日露戦争をお手本にしていますよ、とのあいさつだ。日本の国会議員はこの期待に応えていると胸を張れるだろうか。

 

もう一つ、私にとって貴重な研究材料となったのは、ドイツを先頭に欧州でパシフィズム(不戦主義)の重い病気にとりつかれた国々が、一斉に偽善の衣を脱ぎ捨てたことだ。

 

3月24日、G7首脳会議でショルツ独首相と握手を交わす岸田文雄首相(左)=ブリュッセル(ロイター)

 

とりわけ、日本と同じ敗戦国のドイツが、平時であれば周辺諸国からの風当たりが強いと予想される、「普通の国」への変容を瞬時に成し遂げた智勇に敬意を表する。

 

ロシア軍がウクライナに侵攻する前と後に分けた場合、侵攻前のドイツの言動は腹立たしいかぎりだった。北大西洋条約機構(NATO)加盟国の方針である国内総生産(GDP)の2%を国防費に充てる約束をメルケル前首相は守ろうとしなかった。

 

バルト海の海底を通してロシアから天然ガスを持ってくる「ノルドストリーム2」というパイプラインは昨年暮れに完成したばかりだが、米のトランプ前大統領もバイデン大統領も、エネルギー源をロシアに依存するのは安全保障面で危険だと反対してきた。

 

国防費増にもパイプライン停止にもメルケル氏は首を縦に振ろうとはしなかった。メルケル時代のドイツは経済的には中国に傾斜し、新疆ウイグル自治区における人権弾圧問題で批判の声をあげたのは政権の末期に入ってからだった。

 

「ノルドストリーム2」の敷設作業の現場=2019年6月、ロシア北西部レニングラード州(ロイター)

 

ドイツの政策の大転換

 

情勢が緊迫すればするほど、「ウクライナには防御用ヘルメット5000個しか送らない」とのドイツの言動は、いわゆる西側諸国の感情を逆なでする。リベラル系のニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、ロス・ドゥザット氏は「ドイツは一再ならずロシアの事実上の同盟国のように行動してきた」とNATOの裏切り者扱いをする表現で叩(たた)いた。保守系のワシントン・エグザミナー誌のトム・ローガン氏は「ドイツはもはや信頼できる同盟国ではなくなった」と切り捨てた。

 

ウクライナ問題で日米欧の諸国が異例なほど足並みをそろえる中で、ドイツとハンガリーが足並みを乱してきたのは目立つ。プーチン露大統領と個人的に親密な関係を続けてきたハンガリーのオルバン首相は3月25日になっても、ウクライナ向け軍事支援は「国益に反する」として拒否する旨を明らかにした(AFP電)ようだ。

 

ドイツのショルツ首相(ロイター)

 

ロシアのウクライナ侵攻3日後の2月27日にドイツ連邦議会は特別の日曜セッションを開き、ウクライナ大使を議員の拍手で迎え入れた後、ショルツ首相の「時代を画する」演説が行われた。▽防衛費はNATOの水準のGDP2%に引き上げる▽ウクライナ向け武器の直接援助を実行する▽ロシア産エネルギー依存度を軽減するためガス輸入ターミナル2カ所を新設する―などが内容である。

 

東西両ドイツの統合に次ぐ、ドイツの政策の大転換である。しかもショルツ首相は、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)に比べて安全保障政策には積極的でないドイツ社会民主党(SPD)左派に属する。さらに環境問題に力点を置いてきた緑の党と、財界を背景とする自由民主党(FDP)との連立政権だ。

 

 

日本はどうするのか

 

他の欧州諸国に比べてドイツの軍事力は訓練面で劣るとみられているが、予算面でのゆとりが出てくると、4、5年でその分は取り戻せると考えられる。ドイツに国策の百八十度の転換を迫ったのは「ロシアの脅威」に他ならない。

 

次は国境を接するポーランドに脅威が迫る、と思った途端に反応するドイツの敏感性は日本と比べものにならないのかもしれない。ナチス・ドイツの悪夢が消えていないドイツが、軽武装・経済大国から均衡の取れた「普通の国」に脱皮できたのはプーチン大統領の誤った判断とそれに伴う国際情勢変化のおかげであろう。

 

NATO、欧州連合(EU)、先進7カ国(G7)首脳会議はこれまでになく活性化してきた。永世中立国のスイスだけでなく、スカンディナビア3国はウクライナに武器を供給すると発表して、従来のパシフィズムを克服した。スウェーデンとフィンランドの世論の動向はNATO加盟熱望を示している。EU内でとかく問題を起こしがちだったポーランドはEUの中で対ウクライナ支援の中心的役割を演じつつある。

 

「普通の国」へ脱皮する絶好の機会を迎えた日本はどうするか。資金や時間は不足していない。いま無いのは志だ。

 

筆者:田久保忠衛(杏林大学名誉教授)

 

 

2022年4月1日付産経新聞【正論】を転載しています

 

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