comort women

Historian and author Ikuhiko Hata's book on the comfort women is in Japanese, Korean, and English from left to right. (© MediaWatch)

~~

 

秦郁彦氏の傑作「慰安婦と戦場の性」がついに韓国語に翻訳され、各書店にて販売されている。 英訳は2018年にハミルトン・ブックスが出版し、99年に新潮社が日本語版をリリースして以来、二十三年ぶりに韓国の読者のもとに届いた。

 

秦氏は近代日本史の権威者として知られており、慰安婦問題に関するこの著書はもちろん、彼の書物は実証的で綿密な研究でよく称賛されている。

 

ここ数十年間、慰安婦の談論が停滞している中、今回の翻訳書は多大な意味を持つ。特に韓国内の知識人と学者にとってそうであろう。慰安婦に関する膨大な研究があるにもかかわらず、未だに慰安婦の総数や正確な定義さえ学術的コンセンサスが得られていないのが現状だ。 一例として、秦氏のような学者は慰安婦の大半が日本人であり、その総数は約二万人と推定しているのに対し、韓国の教科書や主流学界ではその十倍を唱える。

 

comfort women
秦郁彦氏(©Dr David McNeill)

 

論争の焦点は、日本軍が植民地であった朝鮮で女性たちを強制連行し、性奴隷として扱ったかどうかだが、韓国ではこれが定説として広まっている。日本政府は一貫してこのような主張を否定してきたが、 93年の河野談話では、慰安婦の雇用過程において一部の強制性を認めた。しかし、両国とも合意点を生み出せず、外交的和解もほとんど成果なしに帰結されてきた。

 

このように意見が平行線を辿るなか、90年代初頭に日本で登場した慰安婦の「拉致」と「性奴隷」説が、韓国では次第に定着した。起源は92年に遡り、日本の有力紙である朝日新聞が、第二次世界大戦中に済州島で朝鮮人女性を狩り、軍が運営する売春宿に監禁したと主張する元陸軍である吉田清治の詐話を扇情的に扱ってからだ。そして、このフィクションとともに91年に出た、自称元慰安婦の金学順氏の公開証言が、日本を「戦犯国家」として烙印を押すパラダイムを形成したのだ。

 

近現代史の研究を長年続けてきた秦氏は、歴史の生きた証人であり、この内容を隅々まで理解している。 彼は吉田氏の証言を細心に検証した初の学者で、自ら済州島を訪問して調査にあたった。秦氏は島民のインタビューと膨大な資料をもとに、吉田氏をプロの詐欺師だと宣言し、77年に出版され始めた彼の欺瞞的な回想録に対し注意を促した。

 

残念ながら吉田氏が嘘を認めた96年には、既に被害は取り返しがつかない状態に至っていた。 朝日の不正確な報道の直後、知識人や弁護士を含む日本と韓国のいわゆる「反日」活動家は、前述のパラダイムを前面に押し出し日本政府が贖罪するよう求めはじめた。

 

宮澤喜一元首相の謝罪と日本政府の金銭的な補償の試みにもかかわらず、反日活動の積極性は収まらなかった。 彼らはさらに、日本政府が慰安婦の「拉致」と「性奴隷」の歴史を無視したと非難し、次に国際社会が日本の戦時蛮行を糾弾するよう要求した。

 

comfort women
韓国の京郷新聞に掲載された吉田清治氏の証言に関する記事=1992年8月12日(©Naver News Library)

 

そして96年、国連人権委員会はこの叫びに応答するかのように、女性に対する暴力の調査報告の一環として慰安婦問題を含め、調査委員を任命した。 この任務を引き受けたスリランカ出身の弁護士であるラディカ・クマラスワミ氏は、東アジアの歴史見識が乏しいにもかかわらず、現地調査のため日本を訪問した。 そこで彼女は慰安婦問題の権威者と知られる二人の日本人学者にインタビューした。そのうち一人が秦氏であり、二人目は中央大学の教授で、「拉致」と「性奴隷」説の確固たる擁護者の吉見義明氏だった。

 

発刊された報告書を読んだ秦氏は、クマラスワミ氏が時々意図的に自身の陳述を誤って引用した事に驚きを禁じえなかった。 彼は直ちに外務省の助けを借り、クマラスワミ氏と国連人権委員会に書簡を送り修正を要請したが、両者とも応じなかった。

 

本書の第9章では、このような欠点について詳細な説明があるが、一部の誤りはあまりに深刻であり、著者は絶望的な水準だと主張している。「結論から言えば、この報告書は欧米における一流大学のレポートなら、落第点をつけざるをえないレベルのお粗末な作品である」と書いている。 実際のところ、韓国側の主張を支持する吉見氏や和田春樹氏のような左派の知識人でさえ、当報告書に数多くの根本的な誤りがあることに同意している。

 

残念ながら、吉田氏が自らの虚偽を認め、朝日新聞がその内容を載せた18個の記事を撤回したにもかかわらず、韓国では「拉致」と「性奴隷」説が未だに定着している。 主に元慰安婦の証言を根拠に、大半の韓国人は日本帝国陸軍が数十万人の朝鮮女性を拉致し、彼女らを制度化された私娼街で性奴隷として強制収容したと考えている。

 

吉田清治氏が建てた「謝罪碑」(上)と「慰霊碑」と書き換えられた新しい碑(下)

 

このような現実に照らしてみると、本書は、停滞する慰安婦談論を蘇らせる触媒になると思われる。 韓国の一般読者には、本の内容が今まで学んできた慰安婦の歴史と相反するため、衝撃を呼ぶかもしれない。

 

特に著者は、慰安婦制度が太平洋戦争以前から存在した公娼制の延長であり、人類の歴史全般にわたってユビキタスな戦時現象だったと主張する。 また、「拉致」と「性奴隷」説に関しては、朝鮮人女性のほとんどが民間人の運営する慰安所で固定された契約に従って働いていたため、そのような主張は事実上根拠がないと言いきる。(2-4、6、12章)。

 

さらに、フィリピンとオランダ領東インド(日本の領土ではなく占領地)で発生したいわゆる逸脱行為を除いては、日本軍が朝鮮人女性を拉致したり、軍の上層部がこれに相応する命令を下したという客観的な証拠はないと言う(6、12章)。

 

秦氏は、「面長の全員、駐在所巡査の大多数派朝鮮人だったから、極端な『強制連行』には歯止めがかかったはずである。いずれにせよ、平時と同じ身売り方式で女性集めが可能なら、植民地統治が崩壊しかねないリスクをはらむ『強制連行』に官憲が乗り出すはずはないと考える」と主張する。 ただし、一部の慰安婦はブローカーの強要や甘言に騙され慰安婦生活を始めたと言う事実は著者も明確に認識している。

 

588ページに及ぶこの本を読み終えた読者たちは、秦氏が自らの研究を偏向なく記述したことに気づくであろう。 中立派の学者である秦氏は、多くの朝鮮人女性が貧困の犠牲者であったことを認め、慰安婦制度は決して近代日本史の誇るべき歴史でないとこを強調する。

 

逆に、すでに秦氏の研究を熟知している韓国学者たちにとって、本書は既存知識を磨く良い機会になるであろう。 もちろん後続研究が続々と発表されているが、多くの知識人は、秦氏こそ韓国の支配的な通説に反論する理論的背景を提供した初の学者だと異口同音に同意する。 実に尊敬すべきことは、反日ムードで国際社会の認識が傾いていた世紀末、この問題を取り上げ、定説に意義を唱えた彼の勇気である。

 

一つ残念な点は、この名著が翻訳されるまであまりにも長い歳月が流れたことだ。 もし本書がもっと早く翻訳出版されていたら、「拉致」と「性奴隷」説の拡散と、その否定的な影響を制限することができたかもしれない。 翻訳まで二十年以上もかかったという事実は、ある面で韓国社会の選択的検閲問題と学問の多様性不足を如実に表している。

comfort women
メディアウオッチの黄意元編集長(右)と西岡勉氏(©MediaWatch)

 

実際、黄意元氏の大胆な決断がなかったら、この本は韓国で延々と見られなかったかもしれない。 メディアウォッチの編集長である彼は、敏感な歴史書物を出版することで知られる出版社も運営している。 彼はここ数年間、日本の著名な地域学者である西岡力氏の慰安婦問題と徴用工問題に関する翻訳書を出版してきた。西岡氏は、金学順証言の信憑性に疑問を提起し、矛盾を発見した初の学者としても知られる。

 

韓国では「誤った」出版物が莫大な波紋とリスクを伴うという現実を見れば、黄氏の行動は実に勇気あるものである。 世宗大学の朴裕河教授が「帝国の慰安婦」を出版し刑事裁判を受けている事件は、この点を端的に示している。 さらに最近では、韓国政府と活動家が広めた慰安婦の嘘を明かす本を出版したとして、大学講師である金柄憲氏も同様の法的制裁を受けている。ソウル高等裁判所は朴氏に罰金1,000万ウォンを宣告し、金氏の本は販売禁止となった。

 

しかしながら、黄氏は前進していく意欲を明確に示した。今後、韓国の大衆とマスコミから「親日」または「極右」という不当なレッテルが貼られた書籍を中心に出版を計画している。 日韓の歴史問題を解決する一つの方法は「意見の自由市場」論を厳格に遵守し、知的談論を向上することだと彼は言った。そして自ら先頭に立ち、定説に反する書物でも韓国社会に紹介し続けることを宣言した。「出版社として、純粋に理念または政治的動機で特定出版物を拒否する行為は、事実上職務遺棄に該当する」と黄氏は断言した。

 

すでに何人かの学者や専門家は、本書が立派に翻訳されたと称賛しており、つい最近にはソウル市図書館にも追加された。 まだこのような予測は時期尚早かもしれないが、もしかしたら徐々に韓国社会が新たな「パラダイム」転換へ向かっているかもしれない。

 

筆者:吉田賢司(ジャーナリスト)

 

この記事の英文記事を読む

 

 

 

コメントを残す