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台湾有事の際の「軍事的関与」をするかと問われ、「それは米国のコミットメント」だと言い切ったバイデン米大統領「放言」から10日経った。米国は1972年のニクソン米大統領(当時)訪中以来、台湾有事への軍事介入を曖昧にしてきたから、内外論壇は「戦略転換か」などと甲論乙駁だが、確実なことはニクソン訪中の立役者、キッシンジャー元国務長官が発案した「台湾現状維持の魔法」が解け始めたことだ。先ずは関連発言から見て行こう。
5月23日バイデン大統領:
それは米国のコミットメントである。
同日のキッシンジャー元長官:
米中合意とは、米国が①「一つの中国」原則を維持し、②「二つの中国」を目指さず、③台湾問題の軍事的解決に反対する枠組みを維持することだった。台湾を米中交渉の対象にすべきではない。米国は原則をなし崩しにせず、中国も忍耐を続けるべきだ。
24~25日の米専門家発言:
●中国を混乱させ攻撃を誘発する(ポンペオ前国務長官)
●戦略の明確化は抑止力を高める。これは「一つの中国」政策を維持しつつ、アプローチを変える米国の新たな姿勢だ(ハース外交評議会会長)
●戦略をめぐる混乱はむしろ抑止力を弱める。バイデン政権は台湾に関する包括的演説を行うべきだ(中国専門家のボニー・グレイザー氏)
26日のブリンケン国務長官演説:
米政策は不変であり、①台湾関係法、3つの共同声明、6つの保証に基づく「一つの中国」政策を維持し、②一方的現状変更に反対し、③台湾独立を支持せず、④意見の相違を平和的に解決することだ。変わったのは米国ではなく中国の強硬な台湾政策である。
米の台湾政策は変わらず
日本には米国務省が台湾政策を変えたと見る向きもあるが、国務長官が改めて「台湾独立不支持」を述べたので、それは的外れだ。より重要なことは中国軍事力の飛躍的向上により、1972年以来の曖昧さによる台湾有事抑止の「魔法」が最早効かなくなったことだろう。
99歳になったキッシンジャー氏は今も頭脳明晰だが、過去半世紀に激変した東アジア国際情勢を元に戻すことはできない。しかも彼の「米中合意」理解は中国のそれに近いものだ。米国が維持するのは「一つの中国」の「政策」であって、「原則」ではない。
米国の「一つの中国」政策とは、「台湾は中国の一部」という中国の「原則」を認知はするが承認はせず、「台湾独立は支持しない」ものの、台湾有事の際の具体的対応を「曖昧」にして、中国に「平和的解決」を求めるものだった。
「曖昧戦略」の微修正
今回のバイデン発言の目的は従来の「曖昧戦略」を「より曖昧ではない」曖昧戦略へ微修正することだろう。台湾有事の際に米国が軍事的関与することを前提に、そうした「軍事的関与」の程度を「曖昧」にすることで、中国と新たな「抑止メカニズム」を構築したいのかもしれない。
ウクライナでの紛争は米国に新たな選択肢を与えた。「直接軍事介入」がなくても台湾の「現状維持」は可能だ。米国は有事の際、台湾への武器供与・情報提供・軍事訓練などの間接関与から、米軍部隊派兵を含む直接関与まで、様々な軍事的関与の可能性を残すことが現時点で最も効果的な「対中抑止」方法だと考え始めたのではないか。
こう考えれば、過去数か月間の米国による「曖昧戦略」微修正の試みはそれなりに合理的かもしれない。中国が反発するのは当然だが、1972年のキッシンジャー・マジックの効果が薄れつつある以上、米中間には新たな「抑止メカニズム」が必要だ。こうした米国の誘いに中国が応じるか否かは、インド太平洋地域の将来を左右するだろう。
筆者:宮家邦彦(みやけ・くにひこ)
昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、内閣官房参与、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。
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2022年6月2日付産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】を転載しています