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日本の現代文学が最近、英語圏で続々と翻訳出版されている。女性作家への関心はとくに高く、海外の著名な文学賞に輝いた作品もある。作家で翻訳家の辛島デイヴィッド・早稲田大准教授(41)の新刊『文芸ピープル』(講談社)は、そんな躍進を支える翻訳者や編集者らに取材したルポ・エッセー。今、文芸出版の最前線で起こっている変化が見えてくる。
昨年の文学界は海外発の話題に事欠かなかった。小川洋子さんの『密やかな結晶』は英ブッカー国際賞の最終候補に。柳美里さんの『JR上野駅公園口』は米国を代表する全米図書賞(翻訳文学部門)を受けた。川上未映子さんや小山田浩子さんら第一線の女性作家の小説が相次ぎ英訳され、八木詠美さんの太宰治賞受賞作「空芯手帳」のように日本での刊行前に翻訳出版が決まる例も出てきた。
「将来、世界における日本文学の軌跡を振り返るとき、2020年は一つのターニングポイントとして認識されると思う」と辛島さん。英国の文芸イベントを訪ねたり、コロナ禍の最中に各国の翻訳家にメールで取材したり…。文芸を愛する裏方たちの声を集めた本書からは、英語圏で日本文学の翻訳が盛んになってきた背景事情もうかがえる。
社会が保守化する中で、人種や性別にとらわれない「多様な声」を読者に届けるべきだという意識が出版界で高まっている事実が大前提としてある。「一昨年のブッカー賞では、最終候補に白人男性による作品が含まれていないことが話題になった。『多様な声』を求める機運は文学賞の選考にも表れている」
さらに、大学には属さないフリーランスの若手翻訳家が増え、同世代作家の新作によく目を向けるようになった。新しい才能の発掘に意欲的な独立系出版社がそれをサポートする好循環も。村田沙耶香さんの芥川賞受賞作『コンビニ人間』の成功も、その流れの延長上にある。コンビニで働く独身女性の世間との格闘をつづる物語は、フリーの竹森ジニーさんが英訳を手掛け、2018年に英米で出版。合わせて25万部を超えるベストセラーになった。
「多くの国で議論されている性差別などの問題を、欧米作品とは違う女性像を通して描いたと評価されている。同時に『風変わりな作風』や『ユーモア』に着目する読者も多かった」
面白い逸話もある。川上弘美さんの『センセイの鞄(かばん)』の当初の英題は「The Briefcace(かばん)」。その後、登場人物のセリフと舞台設定にちなむ「Strange Weather in Tokyo(東京の妙な空)」に改題したところ部数が大きく伸びたという。「TOKYO」という記号の訴求力はまだ結構強いらしい。
「翻訳を出し続けるには海外の翻訳者や編集者と固い信頼関係を築くことが大切。一過性のブームに終わらせないためには幅広くいろんな作品を売り込む努力も必要でしょう」
筆者:海老沢類(産経新聞)