一瞬、戦慄が走ったのを覚えている。新聞記者を30年近くやっているが、こんな機会はそうそうない。
中国の全国人民代表大会(全人代)の開幕を翌日に控えた5月21日夜、とんでもないニュースが北京から香港にもたらされたのだ。
「中国の国家安全法を香港に導入するための法案が全人代に上程される…」。香港のメディアが一斉に流し始めた。知人に聞くと、「北京で当局者から事前説明を受けたのだろう」との見立てだった。
国家安全法が導入されれば国家分裂、政権転覆行為などが禁止される。一見、問題ないように思えるかもしれないが、この法律を利用して、あらゆる体制批判の芽を摘んできたのが中国共産党である。
香港で政権批判ができなくなる、抗議デモができなくなる、つまりは、香港が香港でなくなる。基本的人権を保障した「一国二制度」の死―を意味した。
しかも、党の決定事項を承認するだけの全人代が議案に異を唱えるわけがない。上程された時点で導入は決まったも同然である。
携帯を持つ手が震えた。東京の編集局へ一報を伝え、「国家安全法、香港に導入へ」の記事を書いた。
昨年11月、香港親中派の重鎮、劉兆佳氏(72)から、「中国当局が検討している」と聞いていたウルトラCのやり方だった。香港の立法会(議会)を通さずに中国当局が香港の法律を制定する―そんな先例ができてしまえば、香港の立法機関も、法の支配も有名無実化する。システムを一夜のもとに一変させてしまうという意味で、〝無血クーデター〟といえた。
翌5月22日、「香港民主主義の父」と称される李柱銘氏(81)に会った。疲労困憊(こんぱい)していた。
「絶望はしていません。絶望とは、あきらめることです」。1980年代から香港の民主化のために力を尽くしてきた老闘士は、目を閉じたまま言った。しかし、である。一体、何ができるというのだろう。
25日、民主派の若手政治家、黄之鋒氏(23)たちの反対運動を取材した。住宅街で、国家安全法がいかに悪法かを訴えていた。ベビーカーを押した女性(40)が立ち止まった。民主派の区議に何やら聞いている。真剣な表情だ。
「導入を阻止するには、どうすればいいのかと質問したんです。『国際社会に圧力をかけてもらうしかない』との答えでした」
話をする彼女の瞳にみるみる涙がたまっていく。「怖くて仕方がありません…」
26日、香港大に戴耀廷准教授(55)を訪ねた。これまで痛烈に中国共産党体制を批判してきた、民主派きっての理論家は文字通り頭を抱えていた。「これからは何も言いませんよ」。もちろん、みすみす捕まるような戦い方はしないという意味だ。しかし、国家安全法によって過去の行為も罪に問われる可能性が指摘されている。
「これが最後のインタビューになるかもしれませんね」。戴氏は力なく笑った。この年で捕まれば、生きて刑務所から出てこられないかもしれない。同年代の民主活動家の苦衷を思うと、胸が熱くなった。
香港の一国二制度は崩壊の危機にあるのではない。すでに崩壊したのだ。新たな「一国一制度」の香港でどう生きるのか、苦しい模索が始まっている。
筆者:藤本欣也(産経新聞副編集長)
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2020年6月2日付産経新聞【緯度経度】を転載しています