The Remaking of Hong Kong ② Patrick Lam

Editor of Stand News Patrick Lam, fourth from left, is escorted by police officers into a van after they searched for evidence at his office in Hong Kong, Wednesday, Dec. 29, 2021. Hong Kong police raided the office of the online news outlet on Wednesday after arresting several people for conspiracy to publish a seditious publication. (AP Photo)

~~

 

香港の「報道の自由」の牙城が崩れ落ちようとしていた昨年6月23日夜のことだ。最後の紙面の編集作業を行う大手紙、蘋果(ひんか)日報の本社ビル前に、市民数百人が集まっていた。

 

中国本土で生まれた鄭強(仮名、30代)も、その一人。涙が止まらなかった。彼にとって「自由」のシンボルだった蘋果日報のビルが、まるで炎に包まれているように見えた。

 

実は、鄭も蘋果日報で働いたことがある。中国当局から「スパイになれ」と迫られた敏腕記者だった。

 

中国本土の大学受験に失敗し、香港に〝留学〟した鄭は卒業後、そのまま報道の世界に飛び込んだ。

 

テレビ局などを経て蘋果日報に入社すると、中国政府の情報機関、国家安全省の関係者から「お茶でも飲みませんか」と誘われた。

 

「ちょっと教えてほしいことがあります。簡単なことです。蘋果日報の記者たちの名前、電話番号、趣味、それに好きな食べ物と飲み物を教えてください」

 

スパイになれというのだ。その関係者は、中国本土に住む家族と鄭のSNS(会員制交流サイト)上のやり取りを全て把握していた。逃れられないぞ、という無言の圧力だった。

 

2020年5月、一国二制度の有名無実化に反対するデモ(AP Photo/Kin Cheung)

 

鄭は悩んだ。スパイになれば、監視は続き、要求はエスカレートするだろう。断れば、両親の元に帰れなくなるかもしれない。

 

鄭が出した結論は、蘋果日報から去ること。つらい決断だった。以後、フリーランスの記者をしている。

 

□ □

 

「香港の新聞界を実質的にコントロールしているのは、中連弁だ」と指摘するのは、香港記者協会主席の陳朗昇(40)である。

 

陳朗昇氏

 

中連弁とは、中国政府の香港代表機関「香港連絡弁公室」の略称だ。

 

「各新聞社内に、中連弁の息のかかった親中派たちが巣くっている」

 

彼らが中国共産党の手となり足となり、中国を批判する記事などにブレーキをかけているのだという。

 

顔の見えない多くのエージェントがうごめき、事態を中国当局の思惑通りに操るのは、中国共産党の手口だ。12月の立法会(議会)選でもみられた。

 

陳によれば、それでも中国がコントロールできなかったのが蘋果日報であり、ネットメディアだった。陳自身、民主派系ネットメディア「立場新聞」の花形記者として知られていた。

昨年12月29日の早朝、陳の自宅は警察に踏み込まれた。立場新聞への強制捜査だった。予期していたこととはいえ、陳は家宅捜索の間、震えが止まらなかった。

 

立場新聞はその日、扇動出版物の発行を共謀した容疑で幹部らが一斉に逮捕され、運営停止に追い込まれた。陳は連行されたものの逮捕は免れた。しかし、大事な職を失った。

 

□ □

 

蘋果日報の最後の紙面で署名記事を書いた陳珏明(かくめい=40)は、自分たちと同じように失業してしまった立場新聞の記者たちにエールを送った。

 

「生きてさえいれば、必ず光を見いだせる-」。陳珏明も立場新聞での仕事がなくなったが、SNSを通じた発信を続けている。

 

鄭は、香港での生活が10年を超えた。日本の文化にも詳しい彼は、香港国家安全維持法(国安法)施行後の香港をこう表現する。

 

「香港人は〝金閣寺〟を燃やされたんだ。自由という香港の最も美しいものを北京に燃やされた。その悲しみが私にも分かる」

 

現在、国安法下の記者たちの闘いを取材すべく準備を進めている。中国本土に戻ることはないだろう。

 

陳珏明や鄭らフリーの記者にとってよりどころになるのが、陳朗昇率いる香港記者協会だ。今や、声高に報道・取材の自由を要求する香港の団体は同協会ぐらいしかない。当局の圧力は日増しに強まっている。

 

Screenshot: The Wall Street Journal (December 29, 2021)

 

外国メディアにも足音が近づきつつある。米紙ウォールストリート・ジャーナルが12月下旬、「(中国の影響力が浸透する)香港では誰も安全ではない」と社説で批判すると、香港政府ナンバー2の政務官、李家超が「事実の歪曲だ」と激しく抗議。外国メディアへの法的措置も辞さない構えの高官もいる。

 

陳朗昇は警鐘を鳴らす。

 

「今後、外国メディアにもどんな影響が及ぶのか分からなくなっている。しっかりと対応すべきだ」

 

=敬称略

 

筆者:藤本欣也(産経新聞)

 

 

【告知】2月1日JAPAN Forward 時事講座<第9回>「どうなる香港の未来~北京冬季五輪開幕直前に中国との付き合い方を考える」 「ボーン・上田賞」記者、藤本欣也氏登壇

 

 

2022年1月13日付産経新聞【香港改造】(全5回)を転載しています

 

[香港改造]~1~ リンゴは自由の墓場となった

 

この記事の英文記事を読む

 

 

コメントを残す