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2025年大阪・関西万博の開催に向け、その目玉事業とされる「空飛ぶクルマ」の実現に向けた実証実験が相次ぎ実施されている。ただサービス実現には機体の開発やインフラ整備、安全基準の策定、住民理解促進など、多くのハードルがある。空飛ぶクルマの開発や商用化に向けた動きでは、欧米や中国が先行しており、「未来社会の実験場」である万博を活用し、日本が巻き返せるか注目される。
ビル屋上に垂直で着陸
「機体は今、大阪府泉佐野市上空を通過。間もなく大阪市中心部に参ります」
オリックス本町ビル(大阪市西区)に集まった記者団らは、アナウンスを聞いてどよめいた。はるか上空に機体が姿を現すと、ぐんぐんと近づき、ヘリコプターが爆音を立ててビル屋上に着陸した。関西国際空港から離陸してわずか12分の出来事だ。
これは空飛ぶクルマの実用化に向け、ヘリで代用してANAホールディングス(HD)やオリックスなどが11月に実施した実証実験のひとこま。空中移動と地上移動との時間差や、都心部での離着陸場の確保、騒音の伝わり方などを調べる目的があった。
空飛ぶクルマとは主に、電動で自動操縦が可能な垂直離着陸機のことで、次世代の移動手段として各国で開発が進められている。車や鉄道より移動時間の大幅な短縮が可能で、離島や山間部から都市圏に移動するための手段になると目されている。
大阪では10月、空飛ぶクルマの開発企業「スカイドライブ」(東京)が大阪湾で物流用のドローンを使った実証実験を実施。電池の消耗や飛行の安定性などを検証した。「丸紅エアロスペース」(同)も来年夏ごろ、大阪商工会議所が進める万博で活用される技術実験の枠組みで、米リフト・エアクラフト社の機体を使った実証実験を行う見通しだ。
住居上の飛行に慎重意見
これらの実験は、空飛ぶクルマの実用化に向けた課題を検証することが主な目的。現状、空飛ぶクルマを実現するには課題が山積している。
新たな航空機を導入するには、安全性などの基準をクリアした証明となる「型式証明」を取得する必要があるが、日本ではまだ空飛ぶクルマの安全基準が存在しない。運営事業者向けの免許の交付も必要だが、基準は不明だ。政府は現在、それらの制度設計のための官民協議会を立ち上げ、検討を進めている。
インフラにもハードルがある。垂直離着陸を行うためには専用のスペースが不可欠だが、都心部での確保は決して容易ではない。ANAHDなどの実験は、政府の許可を得た上で、高層ビルの屋上にあるヘリポートを利用した。
サービス展開への住民理解も不可欠だ。三菱総合研究所が昨年8月に実施した調査では、約6万5千人の回答者のうち、空飛ぶクルマを「知っている」「聞いたことはある」などと答えたのは3分の1にとどまった。住居上空での飛行をめぐる質問では、31%の人が「緊急時ならよい」と回答。恒常的な飛行には慎重な姿勢が浮き彫りになった。
地道な実績の積み上げを
空飛ぶクルマをめぐっては、国内外で開発競争が本格化している。
現地報道などによれば、米国ではトヨタ自動車や米インテルなども出資するベンチャー企業「ジョビー・アビエーション」が2023年のサービス開始に向け、米連邦航空局(FAA)の型式証明取得を進めている。今年9月には、米航空宇宙局(NASA)が、ジョビーの機体を使った飛行実験も実施した。
ドイツでも開発が進む。ベンチャー企業「ボロコプター」は10月、日本での公開試験飛行を23年にも行うと表明し、大阪万博での飛行も目指すと発表した。「リリウム」は、25年に米フロリダ州で飛行サービスを開始する計画だ。中国企業「イーハン」も、カナダで試験飛行を行うための認可を取得している。
日本ではトヨタ自動車出身者らが設立した「スカイドライブ」が20年8月に有人でのデモ飛行に成功しているが、三菱総研の大木孝・主席研究員によると、「機体開発では、日本は欧米より1、2年遅れている状況」という。大木氏は「万博でのサービス提供というゴールを明確にして、機体やインフラ整備などをセットで実現させるべきだ」と強調する。
空飛ぶクルマが実現する未来はどのようなものになるのか。元住友精密工業専務で、航空機開発に詳しい大阪府立大の中村洋明客員教授は「日本ではまず観光目的などの活用から、山間部・離島における移動、災害時の利用と進み、その先に都市圏移動の段階に入るのではないか。量産は30年以降に始まり、都市圏での利用が拡大するだろう」と見通す。
ただ「空飛ぶクルマは航空機より身近な存在になる可能性がある以上、安全性は航空機と同等に厳しく問われなくてはいけない」とし、「適正な安全基準を策定して、それをクリアするとともに、地道に活用の場を広げて実績を積み上げることが必要だ」と強調する。
筆者:黒川信雄(産経新聞)